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周易、一刀両断の妙/(身辺雑記)

2015年 06月10日 00:05 (水)

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 周易、なかでも略筮は、占的に対して一刀両断の妙がある。

 タロットでもワンオラクルをはじめ、二枚引きや三枚引きといったシンプルなスプレッドがあるけれど、本来、タロットを用いた卜占は、インスピレーションと照応に基づいた「物語性」に術の妙味があると考えているので、イエス・オア・ノー的一刀両断の占断には向いていない・・・、というか自分自身がタロットのそういう使い方はやや苦手なのである。

 ビシッと決めたいときは周易の略筮、思索を深めながらあれやこれと考えたいときにはタロットを・・・、というような使い分け(というか実際には、そのときの気分と占的とのフィーリング?)で、東洋占術と西洋占術の違いを楽しんでいる。


 その上で易もタロットも、卜筮の術を深めるほどに、それは「義理(哲学)」に近づいてゆく。

 ことに易は四書五経の王として儒学経典の最高峰となっているだけでなく、道教の根本でもあり、その生々流転・循環する宇宙観は、科学的ですらあるところが、なんとも興味深い。

 易もタロットも共に「神」なるものを語るけれど、易がいうところの神は、 「天地間における陰陽の現象の至妙至幽にして測るべからざる作用」、それ自体を指していると、元東京帝国大学支那哲学科の高田真治教授は指摘する。

 ややこしい神や時に恣意的となる善悪を語らない、こうしたある種の科学性、ひいては思想的清々しさは、ある意味で究極のプラグマティズムである武芸に通ずるところがあり、私が特に周易という哲学を愛好するゆえんである。

 ま、いずれにしても易道は深い・・・・・・。 


 「易に聖人の道四あり。以て言う者は其の辞を尚(たっと)び、以て動く者は其の変を尚び、以て器を制する者は其の象を尚び、以て卜筮する者は其の占を尚ぶ」(『周易繋辞上伝』)


 (了)
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