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訃報に思う/(武術・武道

2013年 10月15日 19:55 (火)

■ 訃報

天神真楊流柔術師範家 久保田敏弘氏は、病気療養中のところ、平成25月10月3日に逝去されました。享年76歳
ここに謹んでお知らせいたします。


天然理心流剣術第十代宗家 平井泰輔氏は、病気療養中のところ、平成25年10月9日に逝去されました。享年66歳
ここに謹んでお知らせいたします。

(日本古武道協会 オフィシャルサイトhttp://www.nihonkobudokyoukai.org/より引用)



 訃報が相次ぎ戸惑う・・・。

 以前、本ブログにも書いたが、私がまだ田舎のヒヨコだったころ、天神真楊流の久保田敏弘先生には、ごく短期間であったが、ご指導をいただいたことがあった。

 私は12歳から、地元の八光流柔術伊豆道場で、石津謙治先生の下、八光流柔術と鹿嶋神流の抜刀術を学んでいた。しかし、ご存知のとおり八光流は繊細な技が多いので、2年、3年と稽古を続けていくと、血の気の多い10代の若者であった私は、その稽古がいささかものたりなくなり、もっと激しい柔術を学んでみたいという気持ちが強くなった。

 そこで当時、日本古武道振興会の会長であった小笠原流三十世の小笠原清信先生へ手紙を送り、天神真楊流の久保田先生をご紹介いただいた。

 久保田先生に直接ご指導いただいたのは、ごく短期間に過ぎなかったが、ほぼマンツーマンで手解と初伝の座技・立技を指導していただくことができた。また形稽古の後は必ず柔道形式の乱捕りがあり、当時、先生の演武の受けをよくやっていらっしゃった高弟の方に、投げ飛ばされ、絞められ、極められ、こってり絞られたものだ。

 その頃、稽古は都営三田線白山駅近くの柔道場で行っており、稽古の後、水道橋駅近くのステーキ店で、先生にご馳走していただいたこと、また、「アルバイト代を使って、遠い所から稽古に通うのはたいへんだろうが、若いときの苦労は買ってでもするものだよ。がんばりなさい」と励ましていただいたことも、懐かしい思い出だ。

 今となっては、業として覚えているのは、「鬼拳」や「両手取」などの手解と、初段のいくつかの形だけだが、「本物の古流柔術」をご指導いただけたことは、あれから28年の時が過ぎた今も、私の貴重な財産になっている。


 天然理心流剣術第十代宗家の平井泰輔先生には、直接お会いしたことこそ無いのだが、私が高校生の頃、先々代宗家の加藤伊助先生に理心流のご指南をお願いしたところ「剣道3段を取ったら教える」と厳しく言われたことがあり、またその後、平井先生の会派とは別系統の理心流を学んだことからも、面識こそなかったが今回の訃報を聞いて驚いている。まだ、鬼籍に入られるような御歳ではないと思うのだが・・・。



 ここに謹んで、久保田敏弘先生、平井泰輔先生、両先生のご冥福をお祈りします。

DSC_9500.jpg
▲28年前、久保田先生にお声がけいただき見学した、日本古武道振興会創立五十周
年記念 日本古武道大会のパンフレット。なお手裏剣術関連では、この演武会では根
岸流とは別に、白上一空軒師が「白井流手裏剣」(「術」という表記はなし)として参加
している。ところが当時の私は、手裏剣術にはまったく興味が無かったので、「白井流」
の演武の記憶は、なにひとつ無いのが残念である

 (了)
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