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09冬・北陸紀行 その2/(旅)

2009年 01月17日 11:58 (土)

2日目
旅程/福井~長浜~京都(泊)

 朝飯は重要だ。

 これまで、「先週までマライヤ(キャリーさんね…)が2週間泊まっていましたよ」と広報担当者が自慢げに語るオーストラリアの離島にある超高級リゾートから、シリア砂漠にある1泊5円の民家の屋上まで、あるいは国内でも1泊2食付の離れでお一人様7万円の老舗旅館から、実は泊まったのが倒産前日だったという1泊朝食&幽霊付3000円の温泉民宿まで、さまざまな宿に泊まってきた。

 その上で思うのは、宿の真価は朝飯で決まるということである。

 どんなに慇懃な接客で夕飯が豪華で、客室の設えや風呂・スパ・温泉が良くても、朝飯がまずくて手抜きがみえみえの宿・ホテルは興ざめだ。まさに百年の恋も冷める瞬間である。

 一方で、ぼろくて安普請の宿でも、「あ、この朝飯は、安いなりに、材料が少ないなりに、厨房の人たちが一生懸命作ってくれたものなのだなあ」と分かるような宿に出会うと、まあ旅の空の人生も、すてたもんじゃあねえなあと、しみじみしてしまうものなのだ。

 そういう意味で、今回の福井の宿の朝飯は、満足できるものであった。

 和洋折衷の朝食バイキングというのは、最近のお手頃ホテルではよくある設定だが、出し巻き玉子にせよ漬物にせよ、あるいはハッシュド・ポテトにせよ、ひとつひとつの料理が、きちんと手作りされていることが分かるし、それがウリでもあるようだ。

 なにより感動したのは、この手の朝食バイキングの洋食では、イングリッシュ・スタイルの朝食を真似るものの、コストの関係でベーコンではなくハムを使うところが少なくない。しかし、カリカリの山盛りベーコンのないイングリッシュ・ブレックファストなど、ポルトープランスのお土産屋で売っている手裏剣みたいなもんである。要するにエセということだ。

 しかし、この宿では、ちゃんとホンモノのベーコンが山盛りであった。カリカリでないのが残念だが、ま、それは多としよう。


 朝飯に満足して、チェックアウト。早朝、宿を発ち、丸岡城へ向かう。

 朝のバスターミナルは、地元の学生でいっぱいだ。城へは10番乗り場から8:12発とのこと。ところが10分すぎても20分すぎてもバスが来ない。

 乗り場では、私のほか、小柄で年齢不詳でいささか貧しい身なりの女性、白杖を持った視覚障害者、そして20代半ばくらいのおそらく知的障害があるであろう青年の4人が、朝の通勤・通学ラッシュの人々から取り残されたような格好で、いつ来るとも知れないバスを待つ。

 こういうシチュエーションになると、見知らぬ者同士でもなにやら奇妙な連帯感が生まれるようで、「ったく、いつまでまたせんだよ。寒いだろが・・・」っという気持ちを共有しつつ、さらに待つこと15分。痺れを切らしてバス案内所の窓口で聞くと、「積雪の影響で・・・」とのこと。

 乗り場に戻ると、くだんの年齢不詳の女性が私を見て、困ったような顔をしながら「○×△□◎~・・・・」と言う。

 一瞬「なに?」といぶかったが、どうやら聴覚障害のある人のようだ。ニュアンスとしては「ほんとに、こまっちゃうのよね! まだしばらく、こないんでしょう?」というような感じのように思えた。

 取り残された我々4人の連帯感がさらに高まるなか、結局、丸岡城行きのバスは40分送れで乗り場に到着。私はいそいそと乗り込んだのだが、他の3人は同じ乗り場でもさらに別の路線らしく、まだ待つようだ。

 同志たちよ、すまぬが私は先に行くよ・・・。


 市街を抜けて40分ほど走ると、ようやく丸岡城に到着。しかしバスの遅れで、撮影時間は残り20分しかない。アイスバーンと化した階段を登り、柴田勝家の甥・勝豊が築いた丸岡城の天守閣へ。

丸岡城
▲国内に現存する最古の天守閣


 ちゃちゃっと、外観と天主閣からの展望を撮影。入口にある案内板によれば、この天主を築く際、どうにも石垣が崩れて工事が進まないため、人柱を埋めることになった。そこで近隣の貧しい眼の不自由な農婦のお静が、自分の子供を侍に取り立てることを条件に、人柱になった。ところがその後、城主の勝豊は居城を移したために、結局、お静の子供は侍にとりたててもらうことができず、以後、お静の幽霊がこの城の周りを彷徨うのだという。

 柴田め、哀れな寡婦との約束も守れんような奴だから、たいした武将にもなれんのだ、このヘタレめ!

 お静の伝説と、今朝、バス乗り場で一緒に待たされた人々の姿が重なり、いささかセンチメンタルな気分になるが、時間は非情だ。感傷に浸るまもなく、おっとり刀で福井駅に引き返す。ここからは、北陸本線で敦賀~近江塩津を経由して長浜に向かう。


 長浜駅に着いたのは13時。 駅前には猿と三成の邂逅の像が建つ。まあお猿殿には、伊豆のご先祖様である板部岡江雪斎が晩年、御伽衆として仕えた相手なので、一応は敬意を表しておこう。

 駅の東側は、黒壁スクエアと称して、昔ながらの町並みが保存されている。ここで名物の焼鯖寿司や鯖そうめんを撮影。そして食う。当然、美味である。

焼き鯖そーめん
▲湖北地方の郷土料理「焼鯖そうめん」


 さらに、黒壁スクエアの一角には、全国のオタクをうならせるフィギアのメッカ・海洋堂のミュージアムがあるのだが、今回は取材対象でなないのと、時間がないので、泣く泣く立ち寄ることを断念。

 駅方面に戻り、お猿が築いたという長浜城へ。まあ、復元天主だが、見栄えは良い。

長浜城
▲お猿が筑前守のころ作ったのが長浜城


 琵琶湖に出るとさすがにでかく、「こりゃあ海だね」としみじみ実感。冬枯れの水際に波が打ち寄せる風景は、何か凄愴としている・・・、と感傷に浸るも、さらに近づくと、汀はゴミだらけ。こりゃあ、地球も滅びるわな。

琵琶湖
▲琵琶湖は「ゴミの海」・・・


 リアル環境破壊に、センチメンタルな旅情が微塵に打ち砕かれたところで駅に戻り、一路、京都へ向かう。


 都に着いたのは16時過ぎ。

 祇園四条の鰻店で、鰻茶漬けを撮影(ここでは試食はできなかった。ま、京都だしな・・・)、本日の取材は終了。

 京都駅で、薙刀遣いの武友である水測員氏と合流。飲酒歓談。武術談義が盛り上がる。


 さて、最終日の明日は、京都市内で撮影だ。しかし、都は寒いのぅ・・・。

 (つづく)
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