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柳剛流平法の徒として、悪疫下の世を想う/(柳剛流)

2020年 03月03日 11:55 (火)

 悪疫と政府の愚策のため、日用品や食品の買占めが目につくようになっている今日この頃。

 買い物先のスーパーマーケットやドラッグストアの売り場では、冗談抜きでちょっと殺伐とした雰囲気すら漂っている。

 災害や疫病の際、こうした人心の荒廃が怖ろしい。

 ネットを覗くと、自称ジャーナリストで元ニュースキャスターの女性や、ナチズムを肯定する資産家の美容外科医などが、さかんに「武漢肺炎」という言葉を連呼し、人種差別と外国人嫌悪を煽っている。

 差別や迫害につながることから、WHOでは新興感染症について、特定の地名を付けた名称で呼称しないように促しているのだが、これらネトウヨのオジイチャン・オバアチャンたちは、おそらく意図的なのであろう、くどいほどに「武漢」という言葉を繰り返している姿が、なんとも醜悪だ。

 ツイッターでも、こうした特定の地名を意図的に結び付けた、差別的な病名をしつこく繰り返しているネトウヨ系アカウントが目に余り、日本人の心の醜さを目の当たりにさせられるようで、心底ゲンナリとする。

 かつて関東大震災の際にデマを煽り、あるいはそれに踊らされて、罪のない外国人たちを虐殺したのは、きっとこういう人々なのだろう。

 彼ら彼女らが、どんなにおちょぼ口で「美しい国でござい」、「誇り高き民族であります」などと叫んでも、日本人の品格は、近代日本の新思想における理想的な高みを表した2つの名著『武士道』と『茶の本』の上梓をピークとして、以後、現在までの100年間は劣化する一方なのだなあと、しみじみ絶望する。

 本当にこの国を思い、この国の伝統を愛し、世界の中で誇れる日本あるいは日本人でありたいと望むのであれば、他者を侮り、いたずらに見下し、作らぬでよい敵をあえて作るような行為は愚の骨頂であることに、なぜに彼ら彼女らは気づかないのだろう。

 また、こうしたネトウヨと言われる人々は、「売国奴」とか「非国民」などという、なんとも薄汚れた過去の亡霊のようなコトバをよく使う。

 しかし、いたずらに憎しみをあおり、無害な他者を排撃し、諍いの種をまき散らす、「自称・保守」の彼ら彼女らこそ「売国奴」であり「非国民」ではないだろうか?

 彼ら彼女らは、

「よもの海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」

 という明治天皇の御製を、もう一度赤心から読み直すべきであろう。


 
 柳剛流兵法は、「柳剛流平法」とも称す。

 そして流儀の先達は、

「武道を学ぶ人は心の和平なるを要とす」

 と諭し、

「当流を修めんと欲する者は、先ず心を正すをもって要と為す」

 と教えた。

 幸いなことに当庵の門人には、特定の国や民族を憎み攻撃するような差別・排外主義者は一人もいないが、万が一にもそのような心根の醜い者がいたとすれば、すみやかに当流の門から立ち去るべきだ。

 柳剛流はその本義として、

 「武術之儀は護国之」

 という思想を掲げている。

 つまり武人の育成=人格の陶冶こそが、その剣の根本命題なのだ。

 ゆえに、流儀の稽古を重ねて業前が上がるほどに、弱い人や恵まれない人にも心を寄せる「仁」の精神が、欠かすことのできない徳目として求められる。

 なぜなら、「仁」あっての武勇であり武徳だからだ。

 逆に言えば、他者を思う「仁」の心が薄く、弱い人にも心を寄せる「惻隠の心」を解さない没義道漢には、柳剛流の剣を学ばせてはならない。

 柳剛流の先達は、

「人之行ひ正敷して其上に武有はよし、行い正しあらさる時武有は人をも害あるのみならず、己をも害する事出来者也」

 と喝破した。


 こんな時代だからこそ、流祖・岡田惣右衛門以来の「断脚之太刀」を学ぶ我々は、先師・先人たちの教えを改めてかみしめる必要があるだろう。

2002_柳剛流_殺活免許


「まけてのく 人を弱しと思うなよ 智恵の力の強き人なり」
(中山柳剛流・中山多七郎の修行帳より)


 (了)
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