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平成31・令和元年を振り返って/(武術・武道)

2019年 12月30日 12:15 (月)

門松は冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし(一休宗純)


 いよいよ今年も、残すところあと2日となった。

 この1年を振り返ると、なかなかに内容の濃い1年間であったように思う。

 まず、ひとりの武道人として、私にとって今年の最も大きな出来事は、9月に師より、仙台藩角田伝柳剛流兵法免許の印可と『柳剛流剣術免許巻』を賜ったことである。

 ようやく、そしてついに柳剛流免許皆伝となったことで、ある意味、私の武道人生の集大成となった1年であった。

 加えて8月には師に同道させていただき、仙台藩角田伝柳剛流の聖地である宮城県の角田市と丸森町を訪ねることができたことも、貴重な経験となった。

 しかしその後、角田と丸森は台風による水害で大きな被害を受けることになってしまった。

 現地はいまだ復旧半ばとのことですが、一刻も早く角田・丸森の皆さまが、元の落ち着いた暮らしに戻れることを願っております。

1908_柳剛流_新武館にて



 また7月には、やはり師より、柳生心眼流兵術切紙を印可していただけたことも、私にとっては大きな出来事であった。

 柳生心眼流については、幼少の頃からの憧れの流派である一方で、組形における「返し(ムクリ、マクリともいう)」や、後方転回や跳び違いをしながら激しく攻防する「取返」など、たいへんに激しくアクロバティックな形を習得しなければならないことから、

「五十路を目の前にした自分には、初学からの習得は困難ではないか?」

 と諦めていた。

 しかし、師や兄弟子であるY関西支部長のお導きで、なんとか「返し」や「取返」も取れるようになり、初学の門である切紙をいただけたことは、

「できないと思っていたことが、(五十路を目の前にして)できるようになった」

 という、柳剛流の免許皆伝とはまた違った意味での、たいへんにうれしく充実した経験となった。

 さらに、柳生心眼流とはまた方向性の異なる柔術当身拳法である柴真揚流についても、翠月庵門下のY・N両師範代の協力もあり、みっちりと稽古できるようになったことは、今年の大きな成果であった。

1902_柳生心眼流_3



 武術伝習所翠月庵主あるいは国際水月塾武術協会埼玉支部長という立場から今年を振り返ると、なんといっても古参の門人3名に加えて新たに3人の稽古者が門下に加わり、当庵で柳剛流の稽古を始めたことは、たいへんに喜ばしいことであった。

「柳剛流を後世に伝える」

 という点で、小なりといえども私を含めて7名の修行人が今、流祖・岡田惣右衛門生誕の地である武州で柳剛流の木太刀を振るっているということは、とても貴重なことであろうと思う。

 将来に向けて、我々ひとりひとりが「一粒の麦」となり、柳剛流興隆の新たな力となりたいものだ。

1912_柳剛流_突杖

 

 一方で反省点を挙げると、今年は手裏剣術に関しては、ほとんど稽古をすることができなかった。

 私自身の柳剛流、そして柳生心眼流や柴真揚流の稽古、さらに門人諸子への指導で、定例稽古も自宅での稽古もすでに、質・量共に限界に近く、手裏剣術の錬成に時間と労力を割くことがほとんどできなかった。

 また翠月庵の開庵以来、12年間にわたる稽古の中で、特にここ数年、手裏剣術という武芸の形而上下における「限界」、言い換えれば、

「武芸としての発展性の無さ」

 と、

「私自身の手裏剣術に対する資質の無さ」

 を強く感じていることも、手裏剣の稽古にほとんど時間を裂けなかった潜在的な理由である。

 こうした点で、来年以降、自分の武術人生の中で、手裏剣術をどう位置付けていくのかについて、あらためて考えていこうと思う。



 空手道の稽古については「キャリア20年の万年二段」として、今年も県連主催の稽古場で毎週1回程度、いち稽古者として粛々と稽古を続けることができた。

 空手については、2000年代前半に玄制流二段の印可をいたいだいて以降、10年ほど前から、もう試合も昇段もしなくてよいと決めており、今はもっぱらフィジカル面での心身の維持が目的となっている。

 このため今後も、週1回程度の稽古を継続していければと考えている。



 さて、平成31/令和元年も、たくさんの皆さんのお世話になりました。

 師である国際水月塾武術協会会長の小佐野淳先生には、各流の実技や有職故実、また地方でのフィールドワークなどについて今年も多くの学びを賜り、本当にありがとうございました。来年も、変わらぬご指導をいただければと存じます。

 また、水月塾の各師範方および本部の皆さんにも、たいへんお世話になりました。来年も本部にて、心映えの美しい爽やかな稽古が共にできることを、楽しみにしております。

 翠月庵の友好団体である、戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のO先生と同稽古会の皆さんにも、深くお礼申し上げます。今年は諸般の事情により、あまり行事に参加させていただくことができませんでしたが、来年、春の演武でお会いできることを楽しみにしております。

 思う存分に掛け声をかけて剣を振るい、柔(やわら)を取り、手裏剣を打つことができる貴重な「場」を提供してくださる、行田稽古場の家主様にも、心よりお礼申し上げます。

 そして私の書く、世のため人のためには全くならない(苦笑)、ニッチでどうでもよい本ブログをいまだに読んでくださる、北は北海道から南は沖縄までにお住まいの読者の皆さんにも、深く感謝申し上げます。

 ありがとうございました。

 最後に、今年も飽きることなく私の日常を支えてくれた「S」へ。

 1年間、本当にありがとう。

 感謝しています。

戦機


 
 それでは令和2年も引き続き、武術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部を、宜しくお願い申し上げます。

 皆さま、良いお年を。

 翠月庵主/国際水月塾武術協会埼玉支部代表
 瀬沼春燕軒 謹識 

 (了)
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