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聖夜、柳剛流の伝書を読む/(柳剛流)

2019年 12月25日 10:01 (水)

 クリスマスイブの夜。

 仕事が終わるとすでに深夜2時前、心身ともに疲労困憊である。

 また、明日も4,500文字の原稿の締め切りがあり、さすがに今晩、この時間から稽古をする気にはなれない。

 底冷えのする中、ひと風呂あび、そのままさっさと寝てしまうのが良いのだが、長時間にわたるテープ起こしと原稿書きで、脳がいまだにワクワクしており、到底、すぐに眠れそうにない。

 そこで、トワイスアップにした秘蔵のアードベックを嗜みながら、柳剛流の伝書をひも解いてつらつらと読む。

  *  *  *  *  *

 一般的に、研究者ではない実践家としての武道人の多くは、目録巻にしても免許巻にしても、もらった伝書は神棚に供えるか引き出しの奥に秘蔵して、その後は全く目を通さないのが常であろう。

 しかし、私にとって柳剛流を稽古し、その思想を学ぶことは、ある種の信仰に近い。

 このため、折に触れて流儀の伝書を精読することは、欠かすことのできない習慣となっている。

 特に、今晩のように稽古ができない日は、必ず何らかの伝書なり史料なりに目を通すようにしている。

 伝書を読むことで、流祖・岡田惣右衛門や仙台藩角田伝の祖である岡田(一條)左馬輔、あるいは府内の大師範・岡田十内や武州の大家・岡安英斎など、柳剛流の先師・先人方の剣の思想に、

「直(じか)にふれる」

 ことができる。

 私にとっては、それが大きな喜びだ。

 古流を学び修行する醍醐味は、こういうところにもあるのだと、私は想う。

1912_柳剛流_切紙


「人の剣法を知るは、激発闘争して徒に勝を求むるの技なり。根の神より之を発し、誠を以てして勝を全うするに在ることを知らず。術は心に属し、業は四躰に属す。能くその心を尽くせば、則ち四躰言わずして覚ゆ。是に於いて始めて、共に剣を謂るべきのみ」(岡田左馬輔筆「免許之巻」より)


 (了)
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