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柳剛流における「免許」の資格/(柳剛流)

2019年 11月28日 08:25 (木)

 昨晩は、県立武道館で空手の稽古。

 この教室生え抜きであるAさんとBさんが、来月全空連の公認二段を受審するとのこと。

 僭越ながら私も、空手道の先輩として、Aさんに組手の際の刻み突きについて、ポイントを少々アドバイスさせていただいた。

 頑張って、ぜひ合格してほしいものである。

 *  *  *  *  *

 昇段といえば、現代武道とは異なり、古武道(伝統武道)である柳剛流には段位はなく、「切紙」、「目録」、「免許」の3つの伝位がある。

 柳剛流のそれぞれの伝位を現代武道の段位に置き換えると、「切紙」は初段、「目録」が3~4段、「免許」が5~6段というところであろうか。

 柳剛流きっての実戦派であり、上野戦争での黒門前16人斬りでその名を知られる剣客・小川重助に、こんなエピソードがある。


「小川先生ハ許シハ目録迄ハ出スモ、免許ハ容易ニ出サヌ。免許ハ免許丈ケノ術ニ真ニ達セザレバ呉レヌト。目録ハ沢山受ケタルモ、免許ノ者ハナシ」(小林雅助著『雑誌并見聞録』/明治40(1907)年)


 柳剛流の免許は、当然ながら「完全相伝」である。

 このため、流祖・岡田惣右衛門以来、令和の現在に至るまで、免許を受けた相伝者は師範として独立し、自ら門人を取り立て、弟子に対して伝位を自由に認可することができる。

 この点が、「不完全相伝」に基づいた、支配的かつ独善的な家元制との決定的な違いだ。

 特に柳剛流は、江戸の昔からこうした自由で独立的な気風が顕著であり、それは「師家の無制約」と評されている。

 しかし、こうした特徴を裏返して考えてみると、柳剛流の免許を受けた相伝者は、自らが柳剛流の士として、流儀に関わる全責任を負わねばならないのである。

 だからこそ、術技巧緻として「目録」までは容易に許しても、流儀の看板を背負う「免許」は、「容易ニ出サヌ」のだ。

 *  *  *  *  *

 柳剛流の免許を受けた者であるからには、武技に関して技量抜群なことは当然として、極意口伝である「一〇心(いちまるこころ)」を体現する、人格高潔な武人でなけばならない。

 己自身を顧みれば、師より柳剛流免許をお許しいただけたものの、はたして自分が、本当に流祖や先師・先人方に恥じぬ柳剛流免許者であるか?

 これを常に心に問いつつ稽古を続け、日々の暮らしを送っている。

 同様に私の門人に対しても、柳剛流を志すのであれば、武芸はもとより生き方そのものについても、「一〇心」の体現を目指してほしいと思う。

 では、「一〇心の体現」とは何か?

 それは柳剛流の免許極意口伝であり、ここにそれを記すことはできない。

 しかし、その本質をありていに言えば、

 「人としての心映えの美しさ」

 これに尽きると、私は思う。

 恥を知ること。

 そして、人に優しいこと。

 そんな、人間として当たり前のことが自然できる、心映えの美しい武人でありたいものだ。


1909_柳剛流_一〇心


「月は我れ我は月かと思うまで 隅なき月にすがる我かな」
(柳剛流剣術免許巻 武道歌)


 (了)
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