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彰義隊とその武術/(柳剛流)

2019年 11月14日 09:00 (木)

 先日、所用で上野へ行った。

 そして上野といえば、彰義隊である。

 これまで本ブログでも何度か書いたけれど、彰義隊には、その幹部であった頭取の伴門五郎や、黒門前での16人斬りで名を馳せ西南戦争では警視庁抜刀隊にも参加した小川重助など、数多くの柳剛流の剣士たちが参加。

 ある者は若い命を散らし、またある者はその後の世を生き延びた。

『彰義隊と柳剛流』(2017/10/12)
https://saitamagyoda.blog.fc2.com/blog-entry-1212.html

『柳剛流剣士ゆかりの古刹・三学院~岡田十内と伴門五郎(その1)』(2016/12/2)
https://saitamagyoda.blog.fc2.com/blog-entry-1020.html

 これら、彰義隊と柳剛流との関係を示す事績については、

・柳剛流研究の原典資料のひとつである、小林雅助著/明治40(1907)年発行の『雑誌并見聞録』
・彰義隊研究の一次史料である明治44(1911)年発行の『彰義隊戦史』
・彰義隊の生き残りである寺沢正明の回顧録『幕末秘録』
・『戸田市史・通史編上』
・『新修・蕨市史』
・研究誌『彰義隊の主唱者伴門五郎』
・埼玉県・三学院内の頌徳碑『伴門五郎之碑』
・岡田十内の門人帳である『神文帳』
・彰義隊士であった小川興郷の調査による『彰義隊士名簿』

 など、さまざまな史料に記されている。

 さらに、それらを網羅した研究成果として、関東近辺の柳剛流研究の第一人者である辻淳先生のご労作である、『戸田剣術古武道史』に、たいへん詳しくまとめられている。

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▲幕末における柳剛流の大師範家・岡田十内の神文帳(門弟帳)に記された、後の彰義隊頭取・伴門五郎の署名。安政2(1855)年正月17日に、16歳で柳剛流に入門したことが分かる。(『戸田剣術古武道史』より)



 さて、去る11月10日、上野恩賜公園の彰義隊墓前で、江戸柳生天心流兵法(以下、天心流)という団体による奉納演武が行われたという。

 天心流の公式ブログによれば、

「彰義隊には、天心流兵法を学んでいた士林団の子孫(天心流を修めていた)が参加し、上野戦争で命を散らしたそうです」
http://tenshinryu.blog.fc2.com/blog-entry-237.html

 とのことであり、またこの彰義隊墓前での天心流による奉納演武は、今年で4回目になるのだとか。

 さらにネットを検索してみると、昨年12月1日に開催された、任意団体彰義隊子孫の会の創立記念シンポジウムの最後に、天心流が演武奉納を行ったとのこと。
https://blog.goo.ne.jp/uemura1048/e/c201f32b21f2210f88fd068a9af918bd

 
 ここで不思議なのは、彰義隊と「江戸柳生天心流兵法」という武術の関係を示すファクト(事実)や史料について、私は寡聞にして知らないということだ。

 彰義隊のいったい誰が、天心流なる武術を修めていたのだろうか?

 もっとも、私は彰義隊研究の専門家ではなくあまり詳しくはないので、関東における柳剛流の事績を調べるなかで、柳剛流とたいへんに関係の深い彰義隊に関連する史料について、いくつか目にしてきたにすぎない。

 このため、きっと私の知らない日本のどこかに、彰義隊と天心流の深い関係を示す、動かぬ証拠となる質の高い史料つまりファクトがあり、それを天心流関係者の方々が所有、あるいは確認しているのだろう。

 だからこそ、戦死した200名以上もの彰義隊隊士の方々の御霊を祀った、たいへんに神聖な墓前にて、無念のうちに亡くなった数多くの先人を慰めるべく、演武を奉納しているのであろう。

 となると、同じく彰義隊と非常に所縁の深い流派である柳剛流を継承・修行している者のひとりとして、機会があればぜひ後学のために、彰義隊と天心流という武術流派との関係を示す史料を、確認してみたいものだと思う。

 上記の天心流公式ブログにある口承以外に、彰義隊と天心流の関係を示す文献や古文書、頌徳碑など、検証可能な質の高い一次史料は、いったいどこに、どのようなものがあるのだろう?

 天心流関係者の方に直接問い合わせれば、史料の所在や彰義隊と同流との関係を示す根拠などについて、教えてくれるだろうか。

 しかし、武道団体間における他流他会派への質疑や調査というのは、いろいろな意味で難しいことが少なくないし、トラブルの元にもなりかねない。

 ならば、任意団体である彰義隊子孫の会に、取材を申し込んでみようかしら。

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▲柳剛流と彰義隊との関係を示す貴重な史料のひとつである、『雑誌并見聞録』(明治40年)の翻刻



 ・・・などとも考えるのだが、まことに残念ながら、私は自分の稽古と門人への指導、流儀の事績研究、そしてなにより生業が忙しいので、他流派の事跡検証にまでは、なかなか手が回らないのが現状だ。

 けれど、そのうちヒマができたら、彰義隊と天心流の関係について、もう少し気を入れて調べ、その結果を公表してみようかなあと、思わないでもない次第。


「神国に生まれ来たりて生まれ来て それ吹き返す天の神風」
(柳剛流剣術免許巻 武道歌) 



 (了)
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