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「斬ること」に居着かない/(武術・武道)

2019年 11月05日 01:55 (火)

 過日、本部稽古にて、久々に試物を斬った。

 以前は、ほぼ毎週、試し斬りの稽古をしていた時期もあったけれど、ここ数年は、竹のような硬物も、あるいは広げた新聞紙のような柔く軽い物も、試し斬りの稽古はまったくしていない。

 それでもなんとか、初手から抜き打ちで一刀両断することができた。

 いずれにしても試物というのは、なかなかに難しいものだ。

斬り
▲10年ほど前、試斬の稽古で斬った竹
 


 手裏剣術と同様に、試し斬りもまた、斬れたか斬れないかが一目瞭然であることから、ついつい「試物を両断すること」に執着しがちとなる。

 しかし刀を用いた対人攻防では、必ずしも対象を両断する必要はない。

 いわゆる「浅く勝つ」というやつで、鬢や頸などは切先でさっと薙ぐだけでも十分だ。

 裏小手なら軽い引き斬りでよいし、強めの斬撃でも小手を落とせる程度で事足りる。

 剣術家は、試刀家のように二ツ胴や三ツ胴を一刀で両断する必要はない。

 もちろん、できるのに越したことはないけれども。

 また、刃筋を通すということに関しても、実際の対人攻防ではそれほど厳密にこだわる必要はない。

 なにしろ重さ1キログラム前後の鉄の塊で、相手の脳天なり横面なり小手なりを思いっきりひっぱたくのだ。

 多少刃筋が狂っていても、十分に相手を殺傷できる。

 無住心剣術の針ヶ谷夕雲が、

「わざと刃引きにして、これで相手をたたき殺す」(甲野善紀著『剣の精神誌』より)

 と喝破したのは、まことにもって意味深長だ。

 一方で、剣術が刃(やいば)のついた「刀」という武具を用いる武術である以上、「斬れる」に越したことはない。

 また、刃筋が通っているほうがより殺傷力が増すと同時に、刃筋を立てることで刀そのものの強度が増し、曲がったり壊れたりしにくくなることから、それが攻防に有益であるのは言うまでもない。

 ゆえに剣術家たるもの、必要最低限の「斬り」の実力、また刃筋を通すための業前が必要となる。

 剣術はあくまでも剣の術であり、木刀の術や棒の術ではないのだから。


 もう1つ。

 試斬の際に、あらかじめ抜刀した刀を試物の斬り込む部位に当てて、間合をはかってから改めて斬りつける人がいる。

 これは、武術家の所作・立ち居振る舞いとして、たいへんに見苦しいのでするべきではないし、指導者は門人に、そのような試斬をさせてはならない。

 武芸の鍛錬として試物を斬る以上、抜き打ちにしろ何らかの構えから斬るにしろ、あくまでも間合は目測ではかり、形の所作通りに斬るべきであろう。
 


 試刀家ではなく剣術家であるなら、「斬ること」に執着する=居着く必要はないが、さりとて最低限の「斬り」もできないようでは、それもまた、ひとかどの剣術遣いとは言えまい。

 このあたりのさじ加減をどのようにして、己の、あるいは門人の剣術修行に反映させるか?

 剣術を修行する者は、よくよく吟味する必要があるだろう。

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▲山田流試斬秘伝図巻


 (了)
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