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先師・先人の言葉に「直に」ふれ、教えを乞う/(柳剛流)

2019年 10月10日 01:23 (木)

 今晩は柳剛流の稽古。

 剣術、そして突杖をおさらい。

 半刻ほど木太刀と杖を振るい、形を錬る。

 稽古を終えて入浴を済ませた後、思うところがあり、柳剛流祖・岡田惣右衛門の高弟で仙台藩角田伝柳剛流の祖となった、岡田(一條)左馬輔直筆の伝書を味読する。

1910_柳剛流_免許029

1910_柳剛流_免許_2030


 この『柳剛流免許之巻」は、岡田左馬輔が嘉永元(1848)年に、自らの高弟であり自分の後を継いで角田・石川家の剣術師範となった、戸田泰助に授与したものである。

 口承によれば、左馬輔は非常に体格の良い人であったというが、筆跡は意外に細やかだ。

 このほかに左馬輔直筆の伝書としては、

・『目録之巻』(天保9年)
・『剪紙目録』(弘化3年)
・『目録之巻』(弘化4年)
・『柳剛流免許之巻』(弘化5年)

 があり、合わせて5点を私は確認しているが、それらのいずれにおいても、左馬輔の筆跡は細く外連味のない実直な印象だ。



 岡田左馬輔の書いた伝書について、切紙や目録は武州の岡安英斎系や岡田十内系とほぼ同じ文言なのだが(技法の手数等は全く異なる)、「免許之巻」については、まったく他の師範家の柳剛流の伝書では見られない、独自の文言となっている。

 なお左馬輔筆の伝書はもとより、私はすべての柳剛流師範家が記した伝書類や手付等について、それらを単なる歴史的な史料としてではなく、流祖以来の先師・先人方が直接諭してくれる、武芸の「生きた教え」として読むことを心がけている。

 こうした意味で、他に見られない岡田左馬輔特有の「免許之巻」の文言は、武人の教えとしてまことに格調高いものだ。

 まず巻頭において、

「人の剣法を知るは、激発闘争して徒に勝を求むるの技なり。根の神より之を発し、誠を以てして勝を全うするに在ることを知らず」

 と問題提議をした上で、

「術は心に属し、業は四躰に属す。能くその心を尽くせば、則ち四躰言わずして覚ゆ。是に於いて始めて、共に剣を謂るべきのみ」

 と諭す。

 これらの箴言は、21世紀の今、柳剛流を学ぶ我々への幕直端的な問いであり、また厳しい戒めでもある。

 その上で、

「夫れ武は仁義の具、暴を誅し乱を救う。皆民を保つの所以にして、仁義の用に非ざるなし」

 と定義。

「是を以て之を用うるに仁・孝・忠なれば、即ち天下の至宝なり。之を用うるに私怨奸慝(かんとく)なれば、即ち天下の凶器なり」

 と注意を促した上で、

「故に剣法を知り至誠偽り無きの道、以て謹まざるべけん哉」

 と諭すのである。

 これこそが、岡田左馬輔が考え伝えようとした、柳剛流における「武徳」のあるべき姿なのであろう。



 伝書の文言を、「生きた言葉」として味読する。

 そして、流儀の先師・先人の言葉に「直に」ふれ、その教えを乞う。

 これもまた、古流を学ぶことの醍醐味ではなかろうか。

 (了)
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