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空手道月例稽古、柳剛流『日本竹苞雑誌』/(武術・武道)

2019年 09月03日 12:41 (火)

 昨日は夕方早めに仕事がひと段落ついたので、「県立武道館に空きがあるかな・・・」と公式サイトを見ると、折よく剣道場が開いていた。

 では、せいせいと2尺8寸の差料で柳剛流居合でも抜こうか(拙宅の稽古場は狭くて、2尺8寸は自在に振るえない・・・)と思ったのだが、なんと本日は空手の月例稽古の日であるという。

 ・・・忘れてたヨ。

 そこで、風呂敷に稽古着を包んで空手の稽古へ。

 毎週水曜の定例稽古とは異なり、毎月1回の月例稽古参加者は、大人がほとんどだ。

 とはいえ、師範方以外、有段者は私を含めても3~4人しかおらず、また年齢層も非常に高いので、普段は定例の稽古と同様、基本稽古と形稽古が中心である。

 しかし本日は打ち込み稽古がみっちりと行われ、ワン・ツー(刻み突き→逆突き)や、蹴込追い突き逆突き、刻み突きからの追い蹴りなどなど、組手の基本技中心の稽古でみっちりと絞られる。

 稽古後半は、第一指定形のセイエンチン。

 呼吸に留意して形を打つ。



 1時間半、たっぷりと汗をかいて帰宅すると、先日、紀州藩田丸伝柳剛流の森島先師について記事を書いた際に、ネットの古書肆で見つけた『日本竹苞雑誌』の第一号が到着していた。

 今から126年前の明治26(1893)年発行の小冊子だけに、虫食いだらけでひどい状態だが、読むことはできる。

 ざっと目を通すと、日本竹苞館の道場開設報告で、森島先師や村林先師が、柳剛流の居合、杖、二刀、小太刀、剣術では「右剣」と「左剣」を演武し、さらに盛大に撃剣の稽古にいそしんだなどと書かれていた。

 なお、「右剣」と「左剣」の形の演武は、真剣で行われたとのこと。

 また、

「伊勢新聞に、日本竹苞館の剣客が某氏の用心棒役に雇われた云々という記事があるが、それは真っ赤な嘘である」

 など、流言やデマに関する訂正記事が、巻末にいくつか記されているのも興味深い。

 さらに、森島楠平先師の子息である貞三氏が柳剛流の居合を披露した云々という記述もあり、少なくとも森島家では、楠平先師から二代にわたって柳剛流が継承されていたことが分かる。

 この『日本竹苞雑誌』の第一号の内容については、精読の上、項を改めて記述する予定。


1909_柳剛流_日本竹苞雑誌
▲明治26(1893)年発行の『日本竹苞雑誌』


 (了)
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