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仙台藩角田伝 柳剛流のふるさとを訪ねる/(柳剛流)

2019年 08月16日 01:20 (金)

 去る8月10日から11日の2日間、師に同道させていただき、宮城県角田市及び伊具郡丸森町にて、仙台藩角田伝柳剛流に関するフィールドワークを行った。

 初日はまず角田市の長泉寺にある「柳剛流開祖岡田先生之碑」を訪ね、さらに同寺境内にある柳剛流4代・泉冨次先師の墓参をした。

 次いで角田市尾山の西圓寺にて、柳剛流免許で旧制角田中学の剣術師範を務めた斎藤龍三郎先師の墓に参り、その後、角田市小坂にある「柳剛流剣術之師 桑原権三郎重利先生之碑」を訪ねた。

 残念ながら、桑原権三郎先師の頌徳碑は、今となっては現地でそれを顧みる人が誰もいないようで、碑は立木の藪に覆われ、碑面はひどく苔むしており、刻まれた文字を判別することができない状態であった。

 石碑に刻まれた文面については、南部修哉氏の著書『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』に翻刻があるので、その内容を知ることはできる。

 しかし、貴重な史跡であるこの頌徳碑が、苔むし放置されている様子が忍びなく、師と共に小1時間ほどかけて碑面を綺麗に洗い清めさせていただいた。

1908_柳剛流_桑原権三郎頌徳碑
▲佐藤一学に柳剛流を学び免許に至った桑原権三郎は、泉冨次とも親交があり、長泉寺の「岡田先生之碑」にも、世話人としてその名が刻まれている、角田における柳剛流の大家のひとりである



 現地調査2日目は、まず角田市枝野の東禅寺にて、柳剛流をはじめ竹内流柔術や八条流馬術を修め、旧制角田中学校の剣術師範も務めた南部豊之助先師の頌徳碑を見学。

 その後、角田における柳剛流師範家として、泉冨次とは別系統(三蘆久馬系)の大師範である、佐藤彌一郎先師の稽古場であった新武館を訪ねてお話を伺う。

 こちらでは貴重な伝書類や門人帳、佐藤彌一郎先師が使っていたという三尺の長剣などを拝見させていただき、さらに明治に建てられた当時の面影を今に伝える、歴史ある新武館内にて柳剛流居合を演武。最後に佐藤彌一郎先師の墓参をさせていただいた。

1908_柳剛流_新武館演武
▲歴史ある柳剛流の稽古場・新武館にて、柳剛流居合「左行」を抜く



 新武館を後に、次は丸森町の大張大蔵・大張川張地区を訪問。

 まず、宮城県における仙台藩角田伝柳剛流最後の伝承者である、佐藤正敏先生宅を訪ね、ご挨拶の後、柳剛流に関するお話を伺う。

 次いで正敏先生にご同道をいただき、かつて柳剛流の伝承者として雑誌『剣道日本』の表紙を飾った佐藤健七先生のご生家にて、健七先生やその実父で柳剛流の師でもあった佐藤金三郎先師に関する貴重なお話を伺うとともに、伝書類や差料など、たいへん興味深い史料の数々を拝見。

 その後、先師方の墓参をさせていただいた。

1908_柳剛流_佐藤金三郎先師免許
▲佐藤金三郎先師が泉冨次先師から受けた柳剛流剣術免許巻



 また、丸森町の大張大蔵・大張川張地区(旧大張村)は、柳剛流師範の頌徳碑が6基も点在する、まさに「柳剛流の里」である。

 佐藤健七先生のご生家を辞した後、それらの頌徳碑をひとつずつ巡り、この山深い丸森の地で柳剛流の稽古に生涯をかけた、先師方の業績に思いを馳せた。

1908_柳剛流_佐藤右膳頌徳碑
▲「春風軒」と号した、柳剛流師範・佐藤右膳先師の頌徳碑



 今回の調査では、何しろ私は初めての角田・丸森訪問だったこともあり、調査以前に、私たちが伝承し日々稽古をしている仙台藩角田伝柳剛流のふるさとである角田・丸森という地域の風土や雰囲気、人情をできるだけ感じたいと考えていた。

 角田では、阿武隈川の悠々たる流れと、どこまでも広がる水田の美しい風景がたいへんに印象的であった。

 一方で丸森については、その山深さに驚いたが、日本の原風景のような山村風景に、不思議な懐かしさを感じることもできた。

 柳剛流の事績関連では、佐藤金三郎・佐藤彌一郎両先師ゆかりの柳剛流の各種伝書や門人帳、実際に使用されていた差料などを見聞することができ、泉冨次系統と三蘆久馬系統という、角田・丸森における柳剛流の二大系統について、それぞれの異なる伝承を間近に感じることができた。

 また、宮城における柳剛流剣術最後の伝承者である佐藤正敏先生から、貴重なお話を直接じっくりと聞かせていただくことができたのは、流儀の事績研究以上に、柳剛流という武術の実践者のひとりとして、何事にも代えがたい経験となった。

 なお、今回調査した史料や口承に関する個別の考察等については、公開できる範囲で、おいおい本ブログに書いていけたらと思う。



 2日間の旅の終わりに、再び長泉寺の「柳剛流開祖岡田先生之碑」を訪ねた。

 武州葛飾郡惣新田で生まれた流祖・岡田惣右衛門が編み出した柳剛流が、岡田(一條)左馬輔によって陸前の角田・丸森にもたらされ、この地で柳剛流は多いに栄えた。その業と心を、令和の時代の今、流祖生誕の地である武州に暮らす自分が学び、少ないながらも門人を育成して次代に繋げようと志している。

 今回の旅では、私自身が柳剛流という「大河」の一滴として、今、まさに流れているのだなあと、しみじみ感じることができた次第。

 2日間のフィールドワークでお世話になった角田・丸森の皆様、また事前調査にご協力をいただいた南部修哉様、角田市郷土資料館のS様、そして今回の貴重な旅に私をいざなってくださった、我が柳剛流の師である小佐野淳先生に、心よりお礼申し上げます。

 ありがとうございました。

1908_柳剛流_岡田先生之碑
▲旅の終わり、「柳剛流開祖岡田先生之碑」にて師と共に


 (了)
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