FC2ブログ

03月 « 2020年04月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  » 05月

八つの組太刀/(柳剛流)

2019年 07月24日 00:16 (水)

 今晩は、柳剛流の長木刀を思い切り振るって稽古したいと思い、業務の合間をぬって夜半、拙宅前の屋外で稽古。

 「右剣」から「相合剣」まで、柳剛流剣術の組太刀8本を、存分に振るう。



 柳剛流は、剣術を表芸とした上で、居合、突杖(杖術)、長刀(なぎなた)、さらに殺活術や柔(やわら)も含んだ総合武術である。

 しかし、剣術としての形は、わずか八つしかない。

 これは、近年になって伝承する形の数が減ったというものではなく、幕末の頃からすでに、柳剛流では多くの場合、剣術の組太刀数は8本であった。

 私たちが伝承している仙台藩角田伝はもとより、武州系諸派(岡安系・深井系・その他)や、岡田十内系に代表される江戸府内で興隆した柳剛流についても、当時の伝書をひもとくと、流祖から数えて3世代目に当たる柳剛流師範家では多くの場合、剣術の組太刀数は、いずれも上記の8本のみというのがほとんどである。

 一方で紀州藩田丸伝の柳剛流は、角田伝や武州・江戸系の諸派と比較すると、当時から現在まで、剣術の組太刀数は若干多い伝承となっている。

 いずれにしても、私たちの直系の先師に当たる、角田伝や岡田十内伝の師範方や先人たちはみな(※)、このわずか8本の組太刀を錬りに練り、その上で撃剣の稽古を重ね、世に名高い「断脚之太刀」を磨いたのだ。


 
 真夏の夜、湿った夜風を断ち切るように長木刀を振るい、流祖・岡田惣右衛門をはじめ、角田・丸森・江戸の各先師方が育んできた断脚の太刀に、ただひたすら磨きをかけてゆく・・・。

 今の私にとってはこのひと時、柳剛流を稽古し受け継いでいくことが、生きていく上でのかけがえのない喜びだ。


1904_柳剛流_晴眼右足刀
▲跳び違いながら打太刀の脚を斬る、仙台藩角田伝 柳剛流剣術「青眼右足頭」。岡田十内伝では、「青眼右足刀」と表記する


(※)仙台藩角田伝柳剛流の4代師範である泉冨次先師は、故郷の角田で柳剛流の切紙を得た後江戸に出て、当時すでに柳剛流の大師範家として知られていた岡田十内の元で修行し目録を受領。その後、角田に帰郷してすぐに柳剛流免許を得た。このため現在、仙台藩角田伝柳剛流を修行する私たちには、角田・丸森で育まれた柳剛流はもとより、江戸・岡田十内の系統である柳剛流の「遺伝子」も、たしかに受け継がれているのである。



 夫れ武は仁義の具、暴を誅し乱を救う。
 皆民を保つの所以にして、仁義の用に非ざるなし。
 是を以て之を用うるに仁・孝・忠なれば、即ち天下の至宝なり。
 之を用うるに私怨奸慝(かんとく)なれば、即ち天下の凶器なり。
 故に剣法を知り至誠偽り無きの道、以て謹まざるべけん哉。
                 (「柳剛流免許之巻」より)



 (了)
関連記事
スポンサーサイト