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「侘び者」として/(武術・武道)

2019年 07月01日 00:40 (月)

1906_茶碗


 室町時代の茶人である粟田口の善法は、飯や汁を煮炊きする燗鍋ひとつで、生涯、食事も茶の湯も行ったという。

 茶聖・千利休の高弟であった山上宗二は、この善法のように、高価な名物道具を1点も持たず、「胸の覚悟(胸中の決心)のみ」、「作分(創意工夫)のみ」、「手柄(功績)のみ」という3つの条件を満たした茶人を、「侘数寄者」と呼んだ。

 また大名茶人としても名高い井伊直弼は、そのような茶湯者を「侘者」と記している。

 そもそも語義をたどると、「侘」というのは手元不如意、つまり「貧乏」の意であったとか。

 そういう意味では木太刀一口、稽古着ひとつで、高価な武具などなにひとつ持たず、雨露をしのげる稽古場もなく、己の覚悟と工夫、経験とささやかな武歴のみという、市井の貧しい武術・武道人もまた、ある種の「侘び者」なのかもしれない。



 柴真揚流柔術の稽古では、とある形で茶碗を使う。

 毎日の食事では飯茶碗として使い、茶を服する際には抹茶椀として使っている、愛用のかいらぎ茶碗を用いて柴真揚流の稽古をしていると、何やら粟田口の善法になったような心持ちだ。

 侘び者。

 なかなか、よい響きだと思う。

 ま、「持たざる者」のやせ我慢かもしれないがね・・・(苦笑)。


 (了)
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