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痩せ尾根をゆく/(柳剛流)

2019年 06月25日 12:13 (火)

 とあるネットの一文に、

 「柳剛流って、まだ失伝せずに残っていたんですね」

 とあった。

 ま、令和元年における、世間様の柳剛流に対する認知というのは、そんなもんであろう。

 私自身、師について学び始める前は、三重以外ではもう柳剛流を教えているところは無いと思っていたくらいだしねえ・・・。



 地元埼玉を見ても、たとえば天自流や真之真石川流、奥山念流、真之神道流など、幕末から明治初期に盛んに行われた流派の多くが失われ、その実技と思想は永遠に失われてしまった。

 どんなに豊富に史料や手付けが残っていたとしても、実伝が途絶えればそれは失伝であり、復元はどんなに見事で精緻なものでも、やはり復元である。

 まことに残念なことだ。

 しかし、ある流儀について、一人の伝承者も残らず業も教えも失われてしまったということは、その流儀を取り巻く世間の人々はもとより、流儀を継承した人々や学んでいた人々自身も、「失伝もやむをえない」、「それでもよい」と、考えた結果であるといえよう。

 そういう意味では柳剛流も、たとえば江戸府内や武州、房州に伝播した数多くの伝系はすべて断絶・失伝しているし、あるいは仙台藩伝でも仙北の登米の系統は失伝してしまった。



 このままでは遠からず柳剛流も、失伝してしまう蓋然性が高い。

 令和の時代の今、流祖・岡田惣右衛門の業を受け継ぐ者のひとりとして、流儀の失伝をどう防ぐべきなのか?

 それをいつも、考えている。

 一方で安易に「術」を公開し、あるいは形や技を切り売りし、質の悪い伝承者を粗製乱造してまで、流儀の命脈をつなぐこともあるまい。

 流祖もそれは、望んでいないだろう。

 かつて滅んだ数多くの武芸諸流派と同様に、我々も今、そんな厳しい「痩せ尾根」を歩いている。


1906_柳剛流_突杖
▲柳剛流突杖 「ハジキ」(打太刀:吉松章 仕杖:長峰浩二)



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 夫れ武は仁義の具、暴を誅し乱を救う。
 皆民を保つの所以にして、仁義の用に非ざるなし。
 是を以て之を用うるに仁・孝・忠なれば、即ち天下の至宝なり。
 之を用うるに私怨奸慝(かんとく)なれば、即ち天下の凶器なり。
 故に剣法を知り至誠偽り無きの道、以て謹まざるべけん哉。
                 (「柳剛流免許之巻」より)
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 (了)
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