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本物の柳剛流/(柳剛流)

2019年 06月19日 18:20 (水)

 柳剛流は、流派の名前と「脚を斬る」という技の特長だけが世間に流布し、そのイメージだけが独り歩きしている感が否めない。

 このためweb上では、漫画由来の奇妙奇天烈な行為や、流儀を学んだことのない人々が妄想をたくましくした頓珍漢な脚斬り技が拡大再生産されている・・・。

  *  *  *  *  *

 最近になって新たに、「柳剛流」と題した動画をネットで公開している人が現れた。

 しかし、その人物は仙台藩角田伝 柳剛流の関係者ではない。

 また、同じ角田伝の系統だが流祖生誕の地である幸手で長年指導に当たられている先生方、あるいは紀州藩田丸伝の柳剛流を伝えていらっしゃる先生方などの関係者でもないだろう。

 そういう人物が、己の想像した脚斬り技を「柳剛流」と称して世界へ発信するのは、地道に伝承活動をしている者のひとりとしてまことに心外であり、流派の末席を汚す者として静かな、しかし強い憤りを禁じえない。

 これまでも何度か記しているが、令和元年6月現在、日本国内において流祖・岡田惣右衛門伝来の柳剛流剣術を伝承・指導しているのは、三重の養心館道場(三村幸夫先生)、埼玉の幸手剣友会柳剛流部(千葉仁先生・持田征男先生)、そして我々国際水月塾武術協会の3団体のみである。

(柳剛流突杖については、「柳剛流杖術」として、塩川寶祥先生の系統の師範方により、各地で伝承されている)

 その上で、これもまた本ブログで何度も記してきたことだが、柳剛流師範として明言しておきたいのは、

「すでに上段や青眼に構えている相手に対し、なんの対策もなく自分の頭や背中を無防備にさらしながら脚を打ちに行くような技は、真の柳剛流にはひとつも無い」

 ということだ。

1906_柳剛流_青眼右足頭
▲柳剛流剣術 「青眼右足刀」(打太刀:小佐野淳師 仕太刀:瀬沼健司)



 嘉納師範の柔道原理における「崩しの理」を持ち出すまでもなく、柔術(やわら)にせよ剣術にせよ、武術の技には「作り」と「掛け」が必須である。

 それらの伴わない、単なる反射神経と腕力に頼った粗雑な足打ちなどは、柳剛流の「業」ではない。

 それは、カウンターの刻み突きや右逆突き、あるいは下段蹴りなどで簡単に合わせられてしまう、フェイントもステップワークもない素人の未熟で雑なローキックのようなものだ。
 
 流祖・岡田惣右衛門伝来の柳剛流においては、脚を打つ(斬る)には脚を打つにたる、彼我の「間積り」、「拍子」、「位」が必須となる。

 それは「形」においてはもちろん、撓を用いた地稽古や試合稽古においても、なにひとつ変わることのない柳剛流の真面目だ。

 逆に言えば、「作り」も「掛け」もない粗雑な脚斬り・足打ちは真実の「断脚之術」ではないし、そのような技を標榜するのは本物の柳剛流ではない。

  *  *  *  *  *

「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が、歌に残せし盗人の、種は尽きねえ七里ヶ浜」

 と啖呵を切るのは、弁天小僧菊之助。

 しかし流祖・岡田惣右衛門が編み出して以来、200年以上にわたって伝承されてきた柳剛流兵法については、浜の真砂のような悪貨が良貨を駆逐するようなことは、けしてあってはならない。

 私の記すこの拙いブログが、そのための「情報戦」の、ささやかな武器のひとつになればと考えている。


「思ひ々々さまざまの事をたくみ出し、古伝にちがいたること、いくらと云数を知らず。十年を過ぎず、茶の本道捨たるべし。すたる時、世間にては却つて茶の湯繁昌と思べきなり。ことごとく俗世の遊事に成りてあさましき成りはて、今見るがごとし」( 南坊宗啓 『南方録』より)



 (了)
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