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当て身を過信しない/(古流柔術)

2019年 03月28日 02:19 (木)

 私は柔(やわら)の殺法、いわゆる当て身について、幼少の頃から強い興味をもっていた。

 思えばそれは、何かそこに空手や拳法の打撃とは違った“魔術的なもの”を期待していたのかもしれない・・・。

 あれから幾年月。

 今も、柔術の当て身は私の武芸における大切な課題であり、柳生心眼流や柴真揚流など、当て身を重視・多様する古流柔術の鍛練を通じて、稽古・研究を続けている。

 が、しかしだ。

 当て身を過信してはならないということも、武術・武道人として日々、胆に銘じている。

 20代後半から30代後半までの約10年間、古流武術の稽古を中断して空手の稽古に専心した経験から実感するのは、小よく大を制し、寡をもって衆を制するために欠かせない武技である当て身(打撃)も、打つ時(拍子)と場所(位置)、そして打ち方(方法)が適切でなければ、その威力・効果を十分に発揮できないということだ。

 もっと有体に言えば、筋骨を鍛えあげたマッチョな相手やアドレナリン全開のバーサーカー状態の人には、中途半端な打撃は効かない。

 また、組業に熟練した相手には、容易に組みつかれねじ伏せられてしまうというのも、ブラジリアン柔術や総合格闘技が普及した今、改めて私が言うまでないことであろう。

 何しろ自分自身、空手を学ぶ前、10代の頃の得意技は裸締めや片羽締めで、半端な打撃は多少当たっても無視して、低い姿勢で一気に相手の懐に入って組み付き、そこから背後をとって裸締めや片羽締め+胴締めで極めるというのが、お得意のパターンであった。

 当時の私は、八光流柔術を稽古していたのだけれど、ああいった上品な技は、10代の血気盛んな男子にはけして遣いやすいものではなく、それに比べると殴る・蹴る・締めるといったシンプルな技は、ある種即物的というか原初的というか、まあ野良犬のような少年にはとっつきやすく、使いやすいものであったわけだ。

 裸締めと片羽締めは、おじい様が戦前の講道館有段者で自身も柔道の黒帯であった、部活のO先輩に教えて貰ったもので、当時の「子どものケンカ」では、実によく効いたものである(苦笑)。

 ま、UWFもリングスもなく、ブラジリアン柔術もまだ日本に上陸していなかった遠い昔、昭和50年代末~60年代初めの、田舎の裏町でのお話だ・・・。

1903_柔術生理書_裸締め
▲「この手は、充分に掛かりたる時は抜け難きものゆえ、
早く降参の手をうつべし」(『柔術生理書』井ノ口松之助)


 閑話休題。


 当て身というのは、適切な拍子(タイミング)で適切な場所(急所)に当たるから効くものである。

 しかし自由に動き回り、意思をもって我を攻撃し、あるいは防御をする相手には、簡単に当たるものではないということも、自由攻防の稽古をしている人たちからすれば、当たり前のことだろう。

 そういう意味で、時折、「目突きや金的を狙えば・・・」などと簡単にいう人がいるのも、どうかと思う。

 そもそも、相手はボーっと突っ立ってるわけじゃあなし、こちらの攻撃を避け、スキあらば我を攻撃してこようとするのだから、そんなに簡単に目突きや金的など、当たらないものだ。

  *  *  *  *  *

 こうしたことを念頭に置きながら、日々、古流柔術の稽古をしていると、そこに含まれている当身は、

 当てるべき時に、当てるべき場所へ、当てるべき方法で当てる

 ということが、「形」というスキームで明確に示されていることが実感できる。

 いつ、どこへ、どのように当身を当てるのが、最も効果的であるのか?

 それについての「公式」が、流祖や先師方が編み出した「形」に、しっかりと示されているわけだ。

 その「公式」を用いて、どのように活きた「解」を導き出すのか?

 これこそが研究者ではない、実践者としての武術・武道人に課された使命であろう。

 当て身を過信することなく、しかしその大なる効力を侮ることなく、日々、稽古と研究を重ねていかなければならない。

1903_長谷川派新海流
▲長谷川派新海流柔術の当て身秘伝書


  *  *  *  *  *

 では今晩も、柴真揚流の稽古をしてから就寝するとしよう。


 (了)
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