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柔術(やわら)当身を稽古して・・・/(古流柔術)

2019年 02月15日 02:12 (金)

 ・・・という、近松作『大経師昔暦』の台詞ではないが、今晩は柴真揚流の稽古。

 昨晩は柳生心眼流の稽古をしたのだが、心眼流を稽古すると柴真揚流を復習したくなり、柴真揚流をおさらいすると心眼流の稽古がしたくなる。

 ま、どちらも柔術当身拳法だしな(笑)。



 まずは居捕を「左巴」から「巌石」までおさらい。

 一般的に柔(やわら)の稽古はどうしてもひとり稽古がしにくいものだが、柴真揚流の場合、多くの形が当て極め・当て殺しなので、心眼流の素振りほどではないけれど、ひとり稽古がしやすい。

 ひと通り形を繰り返した後は、形の動きに従って当身台へ拳足を実際に打ち込む。

 私の場合、20代後半から30代後半まで伝統派空手道を中心に稽古をしていたこともあり、当身の際の拳の形については、これまでは空手式の握り(いわゆる正拳)の方が体になじんでいた。

 しかしここ数か月は、柴真揚流の当身の拳形(親指を握り込む日本柔術でよくみられる拳)での当身台への打ち込み稽古に専念してきたこともあり、ようやく咄嗟に拳を打ち込む際にも、違和感なく親指を握り込んだ拳でしっかりと当てられるようになった。

 逆に、ふと試みに空手の組手構えからのワン・ツー(刻み突き→逆突き)などをやってみると、親指を握り込まない空手式の正拳にかなりの違和感を感じるようになってしまった・・・。

 あちらを立てれば、こちらが立たずというやつである(苦笑)。

 また最近は、当身台への打ち込み稽古をしているうちに、柔らかな柔術式の当身の握りでも、威力を効かせてしっかりと打ち込む手ごたえが、十分に感じられるようになってきた。

 これは、柴真揚流の居捕の形にある拳の当て方とその口伝、想定や体の使い方が非常に理にかなったものであり、そのような形稽古を反復している効果でもあるのだと、個人的に考察している。

 肘当や蹴当についても、最近では柴真揚流あるいは柳生心眼流の当て方・使い方の方が、より体になじむようになってきたように思う。

 こうした感覚をさらに、無意識レベルにまでしっかりと刷り込んで、柔の当身を「武技」として磨いていかなければならぬ。

161030_楊心流殺活伝書
▲楊心流殺活伝書



 柔術に続いて、柴真揚流の小太刀居合、棒、そして剣術の形をおさらい。

 柴真揚流の剣術は、柳剛流とはまったく違う理合と体の使い方であり、形(業)そのものはシンプルかつ剣術技法としてはごく基本的なものだ。

 それだけに、柳剛流剣術が体に染みついた私にとっては、むしろとても新鮮である。



 結局、小半刻ほどの稽古のつもりが、半刻ほどになってしまった。

 それにしても柔術当身拳法の稽古は、実に愉しい。

 (了)
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