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文楽三昧/(身辺雑記)

2019年 02月14日 02:50 (木)

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 3か月に1度のお楽しみである、文楽人形浄瑠璃。

 国立劇場にて、『桂川連理柵』と『大経師昔暦』を鑑賞する。

 今回は特に、桂川の「帯屋の段」を楽しみに、越路大夫や住大夫といったかつての大名人たちの名演を、YouTubeでたっぷりと予習して鑑賞に臨んだ。

 今回の「帯屋の段」、「前」の部分の大夫は豊竹呂勢太夫、三味線は人間国宝・鶴澤清治である。

 呂勢太夫は、上方の文楽通の人々にはさんざんな言われようであるらしいけれど、東京出身の大夫で歳も近いので、私は以前から応援している。

 ま、たしかにこれまでの呂勢太夫は口跡悪く、声がひっくり返ることが多く、役ごとの声音の使い分けも今一つであった。

 ところが、今回の「帯屋の段」では口跡もよく、声も安定しており、役ごとの声の変え方もしっかりとしていた。

 なにより(名人・越路大夫には遠く及ばないながらも)、今回の呂勢太夫の語りはいきいきとしており、聴いていて心から愉しむことができた。

 その後の「切」を担当した咲太夫(人間国宝)や、次の「道行朧の桂川」を務めた織太夫などと比較しても、今回の呂勢太夫の語りは出色の出来栄えであり、まさに「ひと皮むけた」という気がする。

 嫌味や当てこすりではなく、本当に素直な意味で、

 「人は何歳(いくつ)になっても、芸道において、上達ができるのだなあ」

 と、しみじみ思った次第。

 また、この「帯屋の段」では、“闘う三味線”こと名人・清治の、磨き抜かれて澄み、そして枯れた、冬木のような美しい太棹の音色に酔いしれたことも、言うまでもない。

 
 
 次の『大経師昔暦』では、吉田和生の柔らかな人形遣いを満喫。

 大詰めの「奥丹波隠れ家の段」では、捕方に対する主人公・茂兵衛の台詞に、ほほぅ・・・と思った。

 この作品の初演は、今から304年前の正徳5(1715)年。作者はいわずと知れた近松門左衛門なのだが、その近松が書いたセリフに、「柔術当身を稽古して・・・」というくだりがある。

見苦しいお侍、合口一本さゝぬ町人、手向かいは致さぬ、倅の時より柔術(やわら)当身(あてみ)を稽古して、スハといはゞ腕は細くとも、お侍の五人や七人は慮外ながら、ぎやつと言はせてのめらせやうも知つたれども・・・(近松門左衛門作『大経師昔暦』床本より)



 これを聞くと、

・武士ではなく、商家の手代である茂兵衛が、子どもの頃から柔術を稽古していた

・柔術と書いて「やわら」と読んでいる

・単なる柔術ではなく、「柔術当身」と、わざわざ「当身」を強調している

 といったことが、流れ武芸者たる私としては、たいへんに興味深く感じたところ。

 物語自体は、近松らしく誤解や行き違い、そして不運が次々と重なり、真面目な男女が次第に追い詰められ、最終的にはにっちもさっちもいかなくなる悲劇が叙情的に描かれており、「大経師内の段」での愕然として柱に寄り掛かる茂兵衛の動き、また「岡崎村梅龍内の段」での影を活かした磔・獄門を暗示させる演出も、たいへんに印象的であった。
 


 帰路、黒塀横丁の飲み屋で、親しい人と文楽談義に花が咲く。

 舞台を楽しんだ後の、この語らいのひと時も、欠かすことのできない愉しみだ。

 ああ、やっぱり文楽は、いいねえ・・・。


 (おしまい)
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