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「武術修行心得」/(武術・武道)

2018年 11月15日 12:02 (木)

 昨夜、柳剛流の稽古の後、一服茶を喫して気息を整え、秋の夜長につらつらと、園部ひでを刀自の『学校薙刀道』(昭和11年/成美堂書店)を読んでいた。

 そこで「武術修行心得」として、以下のような点に目が留まった。


一、技は大業なるべし、振り冠つて真向よりの斬撃に非れば敵を倒すこと能わざるべし。
一、刺突は捨身諸手突たるべし、深く踏み込みて強く刺すに非ざれば実戦に用を為さず。
一、胴は元来上膊斬撃の変化なり、大様に切り抜くべし、打ち胴の如きは実戦に用なし。
一、真の武術者には受太刀といふ事なし、古来受太刀して刀折られ銃身さへ切断せられし例多し。敵の撃込は必ず拂ひ落とすべきものなり。
一、白兵実戦の勝敗は唯一撃の成敗に依って決するものなり、機を慎密にして見切り懸引を誤らず、意気を旺にして敵の気先を制すること最も修練を要すべし。

  (以上、一部抜粋)




 なかでも、

 「胴は元来上膊斬撃の変化なり」

 という一文については、

「身體四肢無一所不斬突也」(身体四肢において、斬撃・打突しない部位は無い)『奉献御寶前』/文政3(1820)年



 ことを旨とする、柳剛流を稽古する者としては、多いに納得できる部分であるし、なるほどと思った次第。

  *  *  *  *  *  *

 本書は、戦時色が濃くなってきた昭和10年代の著作だけに、大陸等での軍事的実戦経験から、術技としてある種、一撃必殺の気勢を過分に強調している点には、注意が必要だろう。

 一方で、刀剣が最後に実戦に供された時代の祖述として興味深いものであり、平和な21世紀に武術をたしなむ我々も、こうした前世紀の戦訓を頭の片隅に置いて武芸の稽古をしていくことは、無駄にはなるまいと思う。


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▲園部ひでを・園部繁八著『学校薙刀道』(昭和11年/成美堂書店)

 (了)
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