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「邪魔しやつたら蹴殺す」/(古流柔術)

2018年 10月02日 00:00 (火)

 人形浄瑠璃文楽の演目である『摂州合邦辻』は、安永2(1773)年、大坂での初演以来、今も受け継がれ上演されている名作である。

 最近では今年2月の国立小劇場での、竹本織太夫による「合邦住家の段」の語りがたいへんに印象的であった。

 この物語は、主人公の玉手御前が義理の息子である俊徳丸に邪恋をしかけ、最後には自ら命を捨てるというもの。

 なかでも、道ならぬ恋を非難する俊徳丸の許嫁・浅香姫に対して玉手御前が、

恋の一念通さでおかうか。邪魔しやつたら蹴殺す(文楽床本集より)



 と追いまわし、踏み退け、蹴り退け、玉手が浅香姫に襲い掛かる様は、実に鬼気迫る名場面である。

 ここで、流れ武芸者たる私が個人的にたいへん興味深いと思うのは、玉手は「殴り殺す」や「絞め殺す」、あるいは「叩き殺す」ではなく、「蹴殺す」と呼ばわることだ。



 ご案内の通り、日本の伝統的武芸である古流柔術の当身は、拳による水月や鳥兎などへの当て、あるいは手刀や背手での当て、または肘当てなどあくまでも手技が中心であり、一部の特殊な流派を除けば足による蹴当ては、当身技の主ではない。

(古流柔術の殺法を代表する当身を1つだけ挙げろというなら、拳による水月の殺がそれであろう)

 武技ではなく日常における一般的な暴力沙汰でも、多くの場合、つかみ合いや殴り合いとなることがほとんどであり、打撃系の武術・武道や格闘技をやっている人でもないかぎり、昔も今も日常的ないざこざにおいて、「蹴り合いをする」「蹴りを入れる」という人は、あまりいないだろう。

 にも関わらず、江戸時代における人形浄瑠璃の主人公として造形された玉手御前は、修羅場において殴るのではなく「蹴殺す」と言うのである。



 思うに、古流柔術や空手、拳法やキックボクシングといった武道や格闘技を嗜んでいない普通の人が、何らかの事情で「人を蹴る」という場合、その形態は相手を足の裏全体で踏み倒すような形の、いわゆる「ケンカキック」と呼ばれる素朴な動作での前蹴り。あるいは単純な「踏みつけ(踏みつぶし)」となるであろうことは、容易に推測できる。

 そして、こうした蹴りは、武芸や格闘技における洗練された蹴り技に比べると力の加減がしにくく、ある意味で武術・武道や格闘技の蹴り技以上に危険であるともいえる。

 例えば『日本書紀』において、野見宿禰が当麻蹴速の腰を踏み折って蹴殺したというのも、まさにこういった踏みつけやケンカキックであったのだろう。

 相手を「蹴倒す」「踏みつぶす」という行為は、ある種、獣(けだもの)としての人間の、非常に原初的な行動だ。

 その点で、拳で殴る、平手で打つといった行為は、蹴倒し踏みつぶすというような行為に比べると、理性の階梯が一段上にあるように思える。

 逆に言えば、拳で殴ったり平手で打つといった行動に比べると、蹴倒す・踏みつぶすという行為は、より原初的かつ衝動的なだけに、そのような行為に至る場合は、相手が本当に死んでしまうまでに蹴り倒し、踏みつぶしかねない。

 つまり、手で叩く・殴ることに比べると、蹴倒し踏みつぶすというのは理性による抑制が効かず、オーバーキルとなってしまう蓋然性が高いと言えるのではないか?

 だからこそより殺意の高い、理性の崩壊した行為の表現として、「殴り殺す」や「絞め殺す」よりも、「蹴殺す」という言葉の方が、古の人たちにとってはより具体的で切実、あるいは日常的であったのかもしれない。

 一方で、こうした危険な「蹴る」という行為を、神武不殺・活殺自在の「術」の境地にまで止揚した、古流柔術における当身殺法の術理の深さを、改めてしみじみと思う。



 ・・・と、こんなことをつらつらと考えたのは、蹴当て(蹴足)を重視する古流柔術としてその名を知られた柳生心眼流を私が稽古をしていることに加え、先日の本部稽古でご指南をいただいた柴真揚流の、あまりに猛烈な蹴当てにすっかり度肝を抜かれたからだ。

 当身殺法が大好きな私としては、次の本部での柴真揚流の稽古が、今から実に待ち遠しい。


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▲「玉手はすつくと立ち上がり・・・」


 (了) 
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