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A Midsummer Night's Murder/(身辺雑記)

2018年 09月25日 11:31 (火)

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 昨日で、国立劇場の9月文楽公演が千秋楽を迎えた。

 私も過日、第一部の「良弁杉由来」と「増補忠臣蔵」から、第二部の「夏祭浪花鑑」までを通して鑑賞。

 文楽三昧の1日を楽しく過ごした。

 今回、楽しみにしていたのは、やはり「夏祭浪花鑑」。

 11年ぶりの本格的な上演ということで、住吉鳥居前の段から田島町団七内の段までを約4時間、たっぷりと鑑賞。

 「釣船三婦内の段」では、人間国宝・吉田蓑助による、妖艶さと侠気という対極の美を併せ持つ徳兵衛女房お辰という、至高の人形遣いを間近で見ることができたのは、まさに一生の宝であった。

 また、「夏祭浪花鑑」最大の見せ場である長町裏の段では、勘十郎の団七九郎兵衛と玉男の義平次によるダイナミックな泥場、そして織太夫と三輪太夫の臨場感あふれる見事な語りに、

 「ああ、やっぱり文楽はいいなあ・・・」

 としみじみ感じる、至福のひと時を過ごすことができた。



 「夏祭浪花鑑」は歌舞伎でもよく上演されるが、生身の人間が演じる歌舞伎では、どうしても泥場がバタ臭く、野暮になる。

 歌舞伎ならではのケレンの在る演出が、真夏の深夜、血まみれ泥まみれの殺しの場面という長町裏の段では、かえって鼻につくのだ。

 それに対して文楽では、本来無機物である人形が人形遣いによって命を吹き込まれた上で、真夏の暗闇での殺し合いを、ある種観念的に演じる。

 ここに文楽人形浄瑠璃ならではの、「凄み」を感じるのだ。

 道具に命を吹き込み自在に操るということは、ある意味で、我々のような剣術遣いにも通じる心技があるというのもまた、私にとっての文楽の大きな魅力である。

 さて、次の三宅坂での公演は12月。

 今から楽しみだ。


 (おしまい)
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