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缶を鼓ちて歌はざれば、則ち大耋の嗟あらん/(身辺雑記)

2018年 09月19日 01:20 (水)

 今晩は半刻ほど荒木流抜剣(いあい)を遣う。

 はじめは柳剛流の居合をやろうと思っていたのだが、ウォ―ミングアップに荒木流をひと通り抜いたところ、ツボにはまりそのまま続けてしまった・・・(苦笑)。

 真剣で居合を遣った後は、当然ながら手入れが欠かせない。

 拭いをかけた後、しばし地鉄と刃文、そして体配を鑑賞。

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 監獄長光は、美術刀剣の目利きではたいした価値のないものとされるが、私にとってこの一口は、美しく、そしてなにより剛毅で頼りになる相棒である。

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 稽古後、夕餉を済ませた後は、秋虫の音を聴きながら朱子の『周易本義』をひも解く。

 ここ最近、私の課題は離九三である。

 曰く。

九三。日昃(かたむ)くの離なり。缶(ほとぎ)を鼓(う)ちて歌はざれば、則ち大耋(だいてつ)の嗟(なげき)あらん。凶なり。

(離九三は内卦の終り、外卦との間にあり、日(内卦)の明るさは尽きようとしている。日が傾きまた日が昇る形であり、これから夜を迎えて人生が終わろうとする時。老いて死ぬのは天地の理である。だからこそ今は酒を呑み、器を叩いて拍子をとり、歌を唱って余生を自ら楽しめば心安らかとなろう。しかし、余命短いことを嘆き悲しめば、心乱れて凶なり)




 この秋に満49歳、数えではすでに五十路となっている身からすると、東洋哲学の最高峰に立つ易経が示す離九三の爻辞は、実に身につまされる。

 特に今年は、夏の異常な暑さのせいか夏バテならぬ秋バテとなってしまい、ここしばらくなんとなく身体の調子がよくない。

 しかし、日々年々衰えゆく心身を嘆くのではなく、今この時の、己のありのままで文武を楽しめということか・・・。


 (おしまい)
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