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稽古をつけてもらう/(武術・武道)

2018年 09月13日 12:34 (木)

 最近は便利になったもので、ネットでちゃちゃっと検索すれば、いろいろな流派の演武やセミナーなどの動画が見られる。

 それらをつらつらと見ながら、「なるほど、〇〇流の××という形は、こういうものなのか・・・」などと、刺激を受けることも少なくはない。

 しかし、武芸の修行においては、動画はあくまでも映像であり、それを見る事だけで形=業=術を習得することはできないのは言うまでもない。

 あくまでも、参考や確認程度のものである。

 昔、古流の旧師や空手道の先生方によく言われたのは、「あまり鏡を見るな」ということであった。

 古流でも空手でも、稽古の際に、鏡で自分の動きを確認することはよくある。

 ことに自宅での一人稽古などでは、鏡は重要な稽古の補助具である。

 しかし、稽古で鏡ばかり見るクセがついてしまうと、鏡に写った自分の動きにとらわれて、対敵動作として正しい目付や打突・斬撃の間合がくるってしまうことがあるので注意が必要だ。

 同様に動画というものについても、他者・他流の業を見るにせよ、己の動きを確認するにせよ、あくまでも補助的・参考程度にしておかないと、かえって上達の妨げになることがある。

 武芸の修行において、自分の動き=業を正すには、師や先輩に直接稽古をつけてもらうことがなによりも重要だ。



 人形浄瑠璃文楽の人間国宝で、「文楽の鬼」と呼ばれた故・竹本住大夫氏は、「録音テープは叱ってくれない」として、次のように語っている。

 私の知るかぎり、録音テープで浄瑠璃を自分のものにした大夫はおりません。録音したものをいくら自分の家で聴いたところで、テープからは自分の力のぶんだけしか取れません。自分の力以上のものを持ってはる師匠や先輩方にその場で訊くほうが、ずっと沢山のことを教えて貰えますし、まなぶことができます。
 何より、テープは自分の浄瑠璃のまずいとこを叱ってくれますか。それが半年、一年、五年、十年・・・・・・と積み重なったとき、大きな差となって芸にあらわれてきます。(『人間、やっぱり情でんなぁ』竹本住大夫/文春文庫)




 これは武芸の修行もまったく同じで、動画や鏡は、自分の形=業=術のまずいところを叱ってくれない。

 だからこそ、師や先輩方に打太刀を執ってもらい、あるいは稽古をみていただき、まずいところを手直しをしてもらうことが、武芸の稽古ではなによりも大切なのである。

 また他者・他流の業についても、映像を見るだけでは、その本質は分からないのだと自戒しておかなければならない。

 時折、動画などを見ただけで他者・他流の業を分かったような気になっている人がいるが、そういう者は実際の対敵において、思わぬ不覚をとることになるだろう。

 百聞は一見に如かず、一見は一触に如かずである。

 (了)
 
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