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侘び者/(身辺雑記)

2018年 09月04日 12:12 (火)

 夏の疲れがたまっているからだろうか、どうもここ数日体調がよろしくない。

 なんとなく下丹田に力が入らず、気力が出ない感じである。

 また、持病というか古傷というか、右肘から右手へのしびれがひどく、日・月と2日間、稽古を休んだ。

 土曜に手裏剣、打ち過ぎたかナ・・・。

   *  *  *  *  *  *

 数えではすでに知命の歳を迎えてしまっただけに、身体の節々にガタがきていて、台風が近づいてくる今日のような日は、そこら中が痛い。

 若い頃、壮年の師範や先輩方が、「雨の前は、昔切ったアキレス腱が痛くてなあ・・・」などとちょっと足を引きずったりしていると、「なんだか古強者みたいで、ちょっとカッコイイな」、などとのんきに思ったりしていたのだけれど、実際に自分がそういう歳になり、気圧が変化するたびに本当に昔切ったアキレス腱やら、痛めた首や肩、ひじや膝などがシクシク痛むと、「やれやれ、難儀なこった・・・」と、しみじみ辛いものがある。

   *  *  *  *  *  *

 若い頃はなんとも思っていなかったどころか、むしろそれを誇っていた風ですらあるのが稽古のケガと貧乏だ(爆)。

 組太刀で指を折られたとか、組手中に骨折してもそのまま試合を続けただとか、そういう武勇伝を誇っていられるのも若いうちのことであり、40も半ばを過ぎると、そんな昔のケガがどんどん蓄積して、実に難儀なことになる。

 同様に若い頃は、「宵越しの金は持たねえ!」とばかりに、入金されたギャラはパーッと使い、身分不相応な酒池肉林の巷で遊びほうけてきたわけだが、あと10年で還暦というこの歳になって、驚くべきことに貯蓄も資産もなにも無いという現実に直面すると、

 「ああ、今、ケガや病気で2週間入院とかしたら、オレは一発で生活保護だな・・・」

 という事実を思い知らされ、やむを得ず玄米と一菜一汁の質素な食事をしながら、500円、千円といった小金を貯めていくわけだ。

 そんな毎日の中で、

 「ああ、たまには、駒形・前川の白焼きや三栄町の北島亭の三重牛ランプ肉ステーキが食べたいなあ。広尾のアッカは、もうとっくに店をたたんじまったのか。池袋のうな鐵も最近は店を改装してちょっとお高くなりやがって、思うさま呑めなくなったなあ・・・」

 というようなことを考えていると、

 「手裏剣術範士8段の免状をいただけないでしょうか? 650万円、キャッシュでご用意しましたから、うへへへ・・・」

 などという佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう心のよこしまな人。佞者)の甘い囁きにも、簡単に転んでしまおうというものである。

 貧すれば鈍すとは、いったものだ。

 私なら650万どころか100万、いや50万、いやいや30万でも、手裏剣術範士8段の免状を出してやるぞ。

 ま、いくら金を積んでも、ちゃんと稽古をしないと手裏剣は刺さんないけどな(笑)。

   *  *  *  *  *  *

 昨晩、井伊直弼の『茶湯一会集』を読んでいたところ、「侘者(わびしゃ)」という言葉に目がとまった。

 ここでいう侘者というのは、粟田口の善法やノ貫(へちかん)といった、高価な茶道具を持たずに茶の湯の業前と作分(創意工夫)のみで、名だたる金持ち茶人たちと並ぶ高名を謳われた、質素で貧しい侘び茶人のことである。

 今日庵文庫長で茶道資料館副館長の筒井紘一氏によれば、語義をたどるとそもそも「侘」というのは、手元不如意、つまり「貧乏」の意であったという。

 そういう意味では、30年前に旧師からいただいた居合刀を修理しながら遣い、10年前に買った袴の破れを繕いながらはき、5年で切先が5分も短くなった手裏剣を大事に打ち、そろそろ雪駄の底が削れて破れてしまいそうなのだが新しいのを買おうかどうしようかもう2週間も迷っているっている私などは、さながら「侘び武人」である。

 とはいえ、五十路にして味わうこうした侘び暮らしも、全て若いころからの自分の不徳の致すところであり、誰かのせいでこうなったわけではないので、特段後悔はない。

 むしろ、通勤ラッシュの苦労もなく、上司からパワハラを受けたり、出来の悪い部下に苦労させられたりすることもなく、締め切りさえ守ればいつ仕事をしようが勝手次第の気楽なフリーランス人生を謳歌している。

 そんなわけで今日も、午前中はんなとなく原稿書きに気乗りがせず、こんな駄文を書いてお茶を濁しているわけだ。

 さて午後からは、1本200文字1500円のインバウンド向けの旅行記事の原稿を、夕方までに10本くらい書くとするかね。

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古人のいわく、茶湯名人に成りての果ては、道具一種さえ楽しむは、弥(いよいよ)、侘び数寄が専らなり。(『山上宗二記』より)




 (おしまい)
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