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大道無門、千差路有り/(柳剛流)

2018年 08月23日 02:20 (木)

 昨日は都内で、医療関係の重いインタビュー&旅行雑誌の出張校正だったのだが、いずれも恙無く終了。

 これで今年の夏の仕事は一区切りつき、明日からは秋向けの仕事が始まる。

 夏の区切りの重たい仕事が順調に済んだことで心中も軽やかだからか、夜の稽古で手に執る木太刀もいささか軽く感じられる(苦笑)。

 ここ数日は、ちょっと思うところがあり荒木流抜剣の稽古を重点的に行っていたのだが、本日は柳剛流に専念。

 やはり、柳剛流の稽古は楽しい。

 備之伝、フセギ秘伝、剣術、突杖をじっくりと稽古する。

 突杖の「右留」と「左留」で、ちょっとした気づきがあったのだが、それが本当に適切なことなのか、今しばらく検討してみよう。



 柳剛流を学び受け継ぐ者のひとりとして、日々の鍛練で己の業前を磨くことは言うまでもないが、それに加えて50年後、100年後も、この素晴らしい武芸が伝承されているために、門下の育成を中心とした普及と啓発は、避けては通れない課題だ。

 一人でも多くの人に柳剛流を知ってもらい、学んでもらうために、どのような方策をとるべきかについては、日々、頭の片隅で考えてはいる。

 一方で、なまくらとはいえ「易学の徒」を自認している以上、

「我より童蒙に求むるにあらず。童蒙より我に求む」(教育の理想は、我、すなわち師たる者から求めて童蒙に教えるのではなく、子弟・童蒙の方から進んで師に教えを求めることにある)/『易経』より



 ということで、 伝統武道としての品位を汚し、時代に媚びへつらってまで、門下を求めることもないという思いもある。

 本当に柳剛流を学びたいという有為の士は、自ずから現れ、門を叩くのであろう。

 実際に今、翠月庵で柳剛流を学んでいる門人たちは、皆、そのようにしてきたのだから。

 とはいえ、先のなぎなた連盟のツイートの件ではないが、存在を認知されていないというのはいかんともしがたいわけで、ある程度の広報は必要なのだろうし、現時点での広報活動(ホームページ、ブログ、webでの道場案内サイトへの登録)のみで十分なのかは、検討の余地があるのかもしれない。

 ま、結局は地道に稽古を続け、こうして駄文ながらも柳剛流についてのあれやこれやをブログで綴り発信すること。

 それが一番なのかもしれない。

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大道無門、千差路有り。此の関を透得せば、乾坤に独歩せん。(大道に入る門は無く、到る所が道なれば、無門の関を透過して、あとは天下の一人旅)/『無門関』より



 (了)
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