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突之刀法/(柳剛流)

2018年 08月16日 01:03 (木)

 本日でお盆も終わり。

 すでに昨日からUターンラッシュになっているとのことだが、日曜から今日まで朝から晩まで机に座って原稿書きをしている私には、特段の影響はない。

 本来なら今頃は、私の銀行口座に7億円が入金されて、週明けにはドバイで豪遊している予定だったのだが、どういう手違いなのか6億9,999万9,700円ほど足りないのだけれど、これはいったいどういうことなのだろう?

 しかたがないので今日も、150文字1,500円の外国人向けの観光アプリの原稿を1時間に3本ペースでガリガリと書いて、日々の生活費を稼ぐわけだ。



 さて、柳剛流の突杖(杖術)は、別名・突之刀法とも呼ばれる。

 これは、柳剛流と天神真楊流を修め、足立郡安行村吉蔵新田(現在の埼玉県川口市吉蔵新田)で教線を張った、中山多七郎の子である幾之進が創始した中山柳剛流における突杖の呼称である。

 なお柳剛流の突杖は、「ハジキ(弾)」、「ハズシ(外)」、「右留」、「左留」、「抜留」の5本で構成されるのが一般的だが、中山柳剛流の突之刀法は、「弾」、「外」、「電光」、「切落」の4本となっている

 中山柳剛流の実技については、同流はすでに失伝してしまい、手控えや覚書なども私は見たことが無いので想像をするしかない。

 柳剛流の突杖は、その名の通り突きを多用する杖術なのであるが、中山柳剛流ではなぜこれを、あえて「突之刀法」としたのか?

 また、「ハジキ(弾)」と「ハズシ(外)」はそのままで、なぜ「右留」、「左留」、「抜留」を廃して新たに「電光」と「切落」という形を加えたのか? またそれらの業は具体的にはどのようなものだったのか?

 興味は尽きない。



 昨晩の稽古では、そんなことが頭にあり、ひとしきり柳剛流剣術と突杖の稽古をした後、突杖の形=業を剣術に応用・展開できないかについて、木太刀を振るいながら検討した。

 結果として、「ハジキ(弾)」、「ハズシ(外)」、「右留」、「左留」、「抜留」のいずれも、剣術の技法に展開が可能であり、またそれらはいずれも突技で極めるかたち、つまり「突之刀法」とすることができた。

 とはいえ、これらは我ながらかなりのこじつけであり(苦笑)、あくまでも私的な鍛錬と研究の一環であることは言うまでもない。

1808_柳剛流_突杖
▲柳剛流突杖 「ハズシ」



 それにしても屋外で木太刀や杖を振るっていると、何やら夜風が少し秋めいてきたように感じられる。

 季節は確実に巡っているのだなあ・・・。

 (了) 
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