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跳ばずに、跳ぶ/(柳剛流)

2018年 08月08日 00:30 (水)

 柳剛流の居合は実践のための運刀法というよりも、むしろ柳剛流独特の身体の使い方である跳び違い=「跳斬之術」を学ぶための、鍛錬形の意味合いが強い。

 このため形は、「向一文字」、「右行」、「左行」、「後詰」、「切上」のわずか5本であり、しかも「右行」、「左行」、「後詰」の3本は、1本目「向一文字」の応用変化であることから、武技としての実体は「向一文字」と「切上」のわずか2手に収れんされている。

 このため、数十本あるいは100本以上の形を学ぶような居合術専科の人からすれば、あっけないほど単純であり、面白みがないかもしれない。

 しかし、柳剛流兵法という大局的な視点からみると、実にシンプルでよくできた形だなあと、私は思う。

 また、鍛錬型とはいえ当然ながら、武技としての実践に耐えうる「術」=運刀法にもなっていることは言うまでもない。

 さらに、相手を両断して地の底まで斬り伏せるような気勢が求められる跳び違いながらの斬撃は、気・剣・体の一致を体得するのに最適であり、初歩的な剣術の心法(肚)の鍛練にもなっている。



 その上で柳剛流居合の5本の形を運足の違いからみると、「向一文字」と「右行」、「左行」と「後詰」、そして「切上」の3つに大別ができる。

 このうち「左行」と「後詰」の運足は、「向一文字」や「右行」、「切上」よりも、より難易度の高いものとなっている。

 具体的には、「向一文字」と「右行」がシンプルな跳び違いの繰り返しであるのに対し、「左行」と「後詰」は跳び違いに加え、さらに一歩の運足が加えられているのだ。

 この「さらに一歩の運足」は、跳び違いのように跳んではならないし、さりとて非常に厳しい姿勢からの運足なので、そのままの姿勢では容易に足を前に進めることはできない。

 ゆえにここで、「跳ばずに、跳ぶ」という、非常に高度な身体の使い方が求められるのである。

 この、「跳ばずに、跳ぶ」動きができるようになると、居合にしても剣術にしても、柳剛流特有の跳び違いの動きが、たいへんにスムーズかつ容易にできるようになる。

 加えて、跳び違いにおいて最も気を付けなければならない身体の上下動が少なくなり、むしろ沈むような動きでのより高度な跳び違いが可能になってくる。

 すると、剣術の切紙で学ぶ「右剣」や「左剣」、さらには目録で学ぶ当流極意柳剛刀の形=業のキレ味が、てきめんに変わってくるのだ。



 このように柳剛流居合は、柳剛流兵法というマクロな武術体系の中において、その役割(意義)が非常に明確であり、たいへんにシンプルかつシステマティックに作られていることが特長だ。

 こうした点からも、流祖・岡田惣右衛門の剣客としての天才を、しみじみと感じることができる。

 さらに、柳剛流剣術や突杖、長刀に比べると、柳剛流居合は畳1畳の広さがあれば、いつでもどこでも稽古ができるという点も、修行者にとってたいへんありがたいものだ。

 というわけで今晩もしばし、柳剛流居合を抜いてから休むとしよう。


171014_柳剛流居合
▲柳剛流居合「向一文字」での跳び違い。けして、高く跳んではならない


 (了)
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