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ネットにある柳剛流への中傷について/(柳剛流)

2018年 08月05日 16:00 (日)

 昨日の翠月庵の最高気温は36℃超であった。

 炎天下の屋外で、2時間にわたってひたすら4~5間での打剣を繰り返したためか、いまだにいささか右肩が張り、アキレス腱の古傷が痛む。

 歳は取りたくないものだな・・・。

 そんな日曜の午後、つらつらとネットを見ていたら、ヤフー知恵袋で柳剛流に対する誹謗中傷をみつけた。

 そもそも、信憑性の低い情報の多いネットの中でも、ヤフー知恵袋はその最たるもののひとつなわけで、そんなものに腹を立ててもしかたがないというのは百も承知であるが、ま、むかつくものはしかたがない(苦笑)。

 しかも、グーグルで「柳剛流」という言葉で検索すると、そのページが結構な割合で上位に出てくるので、ここで改めてひとこと書いておこうかと思う。



 当該の記事は、「日本の剣術は柳剛流を除いて足を狙いませんがこれはなぜでしょうか」といった素人っぽい質問で、これに対するベストアンサーも、特段当たり障りのない常識的なものである。

 しかし、ベストアンサー以外の回答の中に、柳剛流を揶揄し中傷するようなものがあった。

 あまりにレベルの低いコメントなので、ここにリンクや全文の引用はしないけれど、その趣旨は、

・柳剛流の脚斬りは、当てるだけの竹刀試合用の技

・柳剛流は、農家の娯楽用である



 というものだ。

 司馬遼太郎や高野佐三郎の与太話を真に受けたか、あるいはネットに転がっている質の悪い情報で柳剛流のことを知ったふうな気になっているのだろうが、たいがいにしてもらいたいものである。

 そもそもこのコメントを書いた者は、柳剛流の実技を知らず、見たことすら無いであろう。

 そのような半可通な素人が、見てきたように当流の技を誹謗中傷しているわけで、まったく失礼極まりない。



 さらに、柳剛流を「農家の娯楽用」などと侮辱しているのには、強い憤りを感じる。

 私は、往時の日本における武芸の娯楽性について特に否定するつもりはない。

 また現在の古流武術の修行においても、こうした「娯楽」という面は十分にあり、私自身もそれを認識・肯定して稽古に励んでいる。

 しかし、このコメントの文脈での「農家の娯楽用」という言葉からは、好意的なニュアンスはまったく感じられず、柳剛流という流儀そのものと、その剣技に一命をかけてきた数多くの先人に対する辱めや悪意のニュアンスしかない。

 たとえばこのコメントを書いた者は、幕末の上野戦争で数多くの柳剛流剣士たちが秋水を振るって奮戦し、武運拙く討ち死にをしたり、寛永寺陥落後に生家の墓前で自刃した人もいるという事実は知らないか、知っていても何とも思わないのであろう。

 柳剛流の小川重助は、上野戦争の最激戦地である黒門前で敵兵16名を斬り伏せて生還し、後には西南戦争にも警視庁抜刀隊の一員として従軍している。

 彼は柳剛流師範として、埼玉県内で数多くの百姓・町人に柳剛流を指南しているのだが、その剣は単なる「農家の娯楽用」なのだろうか。

 あるいは彰義隊八番隊長であった柳剛流の寺沢正明は、上野戦争後も公儀への節義を貫き通して遠く函館まで転戦、最後まで徹底的に官軍と戦い続けた。

 彼の剣を、「農家の娯楽用」と断じえるのか。

 このコメントを書いた者は、上野公園にある彰義隊士の墓前で、彼ら柳剛流剣士たちの剣技を、「農家の娯楽用」と揶揄できるのだろうか?

 それができるような品性だからこそ、このような無礼極まりないコメントを、公に匿名で発信できるのだろう。

 恥を知れと思う。

 柳剛流はよく「農民剣法」と評されるが、私はむしろこの「農民剣法」という言葉に誇りと好感を持って、日々稽古をしている。

 しかし、上記コメントの「農家の娯楽用」と言う言葉からは、その文脈上、悪意と揶揄しか感じられない。



 司馬遼太郎や高野佐三郎のデマや誹謗中傷の影響もあってか、柳剛流を修行する私たちはいまだに、こうした無知な誹謗中傷にさらされることがある。

 そのような妄言に、いちいち腹を立てるのもバカバカしい。

 常識的には、黙殺するだけで十分である。

 けれどもネット上においては、デマや誹謗中傷を黙殺するだけでは、そのような誤った情報が未来永劫、全世界に向けて発信され続けてしまうのが困ったところだ。

 ゆえに、事実に基づいて「それはウソだ」「それは間違いだ」「それは根拠なき中傷だ」と、必ずどこかで一度、指摘しておくことが必要だと思う。

1705_松代演武_柳剛流左剣
▲柳剛流剣術における「断脚之術」


平日に咄しするとも真剣と
       思うて言葉大事とそしれ(柳剛流 武道歌)



 (了)
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