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伝蔵伝説/(時評)

2018年 06月09日 23:00 (土)

 このブログでは、あまり政治的な話題は書かないようにしている。

 今の時代、SNSでは右も左も百家争鳴であり、私如き街の片隅でひっそりと生きる低所得階層の流れ武芸者が、いまさら言うこともあるまいと思っているからだ。

 私は、雨露がしのげて3度の食事がとれ、たまさかには晩酌をし(ま、実際には毎晩だが・・・)、ときには伝統芸能を鑑賞し、図書館で読みたい本が借りれ、日々武芸の稽古ができる程度のささやかな暮らしが送れれば、それで十分に満足だ。

 にもかかわらず、昨今の新聞やニュースを目にすると、この国と社会の毀れっぷりに、さすがに唖然とする。



 数年前、子供の貧困問題に関する取材をしたことがあるけれど、今この時点でも、月末になると米やパン、パスタなどといった最低限の主食以外、おかずを食べることができない子どもたちがいる。

 先進国でござい、経済大国でございといいながら、今、日本の子どもの6人に1人が貧困にあるのだ。

 その一方で企業の内部留保は、史上最高額を記録しているという。

 あるいは過労死が大きな社会問題になるなか、定額働かせ放題を実現させる悪法が平然と可決されようとしている。

 役人は平気で公文書を改ざんし、大学スポ―ツの監督は生徒とコーチに責任をなすり付けて自らの保身に走り、総理大臣はお友達たちの利益誘導に余念がない。

 責任ある大人たちが平気で嘘をつき、金儲けや地位のために強者が、社会の片隅で生きる弱い人たちを平然と踏みにじるのが、今のこの国のあり様なのだ。



 かつて井上日昭が唱えたように、「一殺多生」が実現可能であれば、これほど腐りきった政治と経済が弱者を踏みにじるなかでは、テロルもまた1つの意味を持つであろう。

 クセルクセスやネロ、始皇帝の時代であれば、「個」としての強者を殺害することで、社会の不条理や矛盾を解決することも可能であったかもしれない。

 しかし、今のこの社会の矛盾や不条理は、政治家や資本家といった個人ではなく、彼ら強者たちの集合である社会のシステムそのものが、弱者を搾取し踏みにじるようになっており、収奪する「個」の命を奪っても、社会全体の矛盾や不条理を解決することはできない。

 だから我々「持たざる者」たちは、ただ頭を低くし、社会の片隅で日々を生き抜くのみである。

 ときに、明日の新潟県知事選はどうなることか?

 願わくば、落下傘よりもおっかさんの方が良いのではないかと、埼玉県民の私は思う。



 今から134年前、武州・秩父では、政府の悪政と高利貸したちの収奪によって、数多くの養蚕農家が身代限り(破産)に追い込まれた。

 困窮からの救済を求める人々に対して、明治政府は「貧乏人は死ねばよい」とした。

 これに対して秩父の農民たちは、抜刀隊約200人、鉄砲隊約300人、竹鎗隊その他、合わせて約3,000人の「革命軍」を編成。自由自治を目的に決起し、政府と資本家たちに叛旗を翻す。

 世にいう、秩父事件である。

 結果的に、叛乱は政府軍に鎮圧され、主な指導者たちは即決裁判で死刑に処せられ、生き残った者たちも徹底的に断罪・弾圧され、持たざる農民たちによる自治を目指した義挙は、「暴動」として記録され辱められた。

 しかし、農民軍リーダーのひとりであった井上伝蔵は、ついに官憲の追求を逃れ続けて、その天寿を全うした。

 その後、秩父地方では、世が乱れると再び井上伝蔵が現れて世直しをしてくれるという、「伝蔵伝説」が伝えられるようになったという。

 なお秩父地方は、言わずと知れた武州の名流・甲源一刀流剣術のおひざ元である。

 この秩父事件にも、有名無名の甲源一刀流剣士たちが農民軍に参加し、政府軍の銃火に対して、鍛えに鍛えた剣技と伝来の秋水を以て立ち向かったという。



 さて、明治から大正、そして昭和をへて、いよいよ来年で平成も終わる。

 しかし相も変わらずこの国は、弱者が収奪され、嘘と世渡りの上手い者たちだけが肥え太る、「仁」も「義」もない不徳の国のままのようだ。

 いやそれどころか、社会的弱者の置かれた状況は、むしろ年々、悪化しているように思えてならない。

 今、武州の山並みの間では、再び「伝蔵伝説」が囁かれているだろうか・・・・・・。


「圧制を変じて良政に改め、自由の世界として人民を安楽ならしむべし」(秩父事件を好意的に記録した、秩父下吉田村貴布祢神社の神官・田中千弥の日記より)


 (了)
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