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本物の「術」を体得するために/(柳剛流)

2018年 03月18日 00:05 (日)

 昨年12月から取り掛かっていた書籍の原稿、267ページの初稿を、なんとか締め切り通りに入稿することができた。

 まだまだ、ゲラ、色校と先は長いが、まずはひと段落である。

 ハレバレとした気分で、土曜の午後、行田の稽古場へ。



 手裏剣、そして柔術の稽古を行った後、じっくりと柳剛流の稽古に取り組む。

 本日は居合の指導を中心にしようと思っていたのだけれど・・・・・。

 備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝の相対稽古、切紙の「右剣」と「左剣」、目録・柳剛刀の「飛龍剣」「青眼右足刀」「青眼左足刀」「無心剣」「中合剣」「相合剣」、そして突杖の形を5本「ハジキ」「ハズシ」「右留」「左留」「抜留」と稽古をした段階で時間切れとなり、結局、居合の指導までたどり着けず。

 なかなか時間の配分が難しい(苦笑)。



 今回は特に、柳剛流剣術の中でも断脚の術の精華といえる2つの形、「青眼右足刀」と「青眼左足刀」の理合と実際の操刀について、丁寧に稽古・指導する。

 単に形の手順として跳び違い脚を斬るのでは、武術としての剣術ではなく、見世物や自己満足の剣劇になってしまう。

 仕太刀と打太刀が共有する三次元的な「場」において、飛び違うべき理があるから飛び違い、脚を斬るべき理があるから脚を斬るのである。

 このような形の理合を、理屈ではなく実際に木太刀を打ち合うことを通じて身体で感得し、その「場」で求められる拍子と間積もり、そして位を磨いていくのが、武術の形稽古なのだ。

 資料を読み、動画を見て、それで分かったような気になっているだけでは、本物の「術」を体得することはできない。



 武蔵野をわたる心地よい春風に吹かれながら、蒼天の下で長木刀を存分に振るい、柳剛流の稽古に没頭する。

 ああ、私は幸せだ。

1709_柳剛流剣術「中合剣」
▲柳剛流剣術 「中合剣」


 (了)
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