FC2ブログ

02月 « 2020年03月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 04月

『女殺油地獄』/(身辺雑記)

2018年 03月12日 10:28 (月)

H30-2bunraku-dan-omote.jpg


 過日、国立劇場で近松門左衛門作の人形浄瑠璃『女殺油地獄』を鑑賞。

 文楽の近松作品は、最近では昨年『曽根崎心中』を楽しんだが、本作の鑑賞は初めてである。

 『女殺油地獄』は、松田優作主演のドラマ版を、随分昔に見た記憶がある。また、子供の時分から、オドロオドロしいタイトルのインパクトが強烈で、何か淫靡な話なのだろうか? などと、幼い妄想を巡らせたものだ(苦笑)。



 本作はタイトルが有名なわりには、近松の世話物の中ではマイナーな作品だったそうで、江戸時代の初演後、長らく文楽では上演されず、再演されたのはなんと昭和、しかも戦後になってからなのだという。

 たしかに、本作は放蕩息子によるDV、借金による強盗殺人など、封建的・儒教思想の江戸時代の常識では、相当刺激的な内容であり、修身的な思想が厳しかった明治・大正・昭和初期の世相にも、あまりマッチしない作品だったろう。

 一方で、平成時代に生きる人間の視点で見ると、主人公である油屋のバカ息子・河内屋与兵衛のダメ人間さ、強いものには媚びへつらい弱い者には暴力を振るうクズっぷり、姉のような存在のお吉に返す当てもない大金を無心するという甘えた根性、そして金の無心を断られると殺して奪うという短絡性といった人物造形が生々しく、弱さゆえの悪、悪ゆえの弱さは優れて現代的だ。

 こうした物語の現代性・普遍性に加え、文楽の大きな魅力は無機物である人形が、人形遣いの手にかかったとたん、本当に生きているかのように動き、泣き、笑い、苦悩する、ある種魔術的な「業」にある。

 今回の上演では、与兵衛の人形遣いは吉田玉男、女房お吉は吉田和生であり、ことに殺しのクライマックスである「豊島屋油店の段」は、比喩ではなく本当に息をのむほどの名演であった。

 また、妹おかるは人間国宝である三代目・吉田簑助が務め、圧倒的な存在感を示していた。

『南無阿弥陀仏』と引き寄せて右手(めて)より左手(ゆんで)の太腹へ、刺いては抉り抜いては切る、(略)、打ち撒く油、流るる血、踏みのめらかし踏み滑り、身内は血潮の赤面赤鬼、お吉が身を裂く剣の山、目前油の地獄の苦しみ、(略)、菖蒲刀に置く露の魂(たま)も乱れて息絶えたり。(床本より)




 血糊もなにもなく、ただ人形の動きだけで、血の池地獄のような凄惨な殺しの場を表現する、人形遣いの業の冴え。

 圧倒的な声量と情感で、むせび泣くように無常を謡う太夫と太棹。

 本当に至福の時であった。

 文楽は、いいぞ。

 (おしまい)
関連記事
スポンサーサイト