FC2ブログ

03月 « 2020年04月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  » 05月

松平主税助の流儀は「柳剛流」であり、流祖の諱は「奇良」である/(柳剛流)

2018年 02月03日 12:20 (土)

 ツイッターで神無月久音さんという方が、ネット上での剣豪の知名度ランキングというのを集計・発表されていて、「ほほう」っと思い、楽しく閲覧させていただいた。

 その中に、松平主税助の名前があり、「おお、こんなマニアックな柳剛流の剣客も入っているとは!」とうれしく思ったのだが、なんと流派名が柳剛流ではなく、制剛流になっているではないか!

 この方は、古流剣術について詳しい方のようなので、おそらく間違いというより誤字・入力ミスの類だと思うのだけれど、それにしてもまことに、いやまったく、まことに無念である・・・・・・(涙)。

 松平主税助の流儀は「制剛流」ではなく、「柳剛流」です!!

 よっぽど直接メッセージを送るかなにかしようかと思ったのだけれど、私はツイッターは閲覧のみで、書き込みなどはまったくしていないし、そもそも書き込みなどの仕方がよく分からない。

 リツイートと返信の違いって、何なの?

 ま、今のところは、そのようなツイッターの使い方を覚えようとも思わないので(私には、もっと他に覚えなければならないことや、やらなければならないことが山ほどある)、代わりにここに記しておく。

 縁があれば、ネット上を巡り巡って、先様が間違いに気づいてくれるかもしれないことを期待する次第である。

 繰り返しますが、

 松平主税助の流儀は「制剛流」ではなく、「柳剛流」です。



 また、やはりこのランキングの中に、柳剛流祖・岡田惣右衛門の名も揚げられているのだけれど、これまたまことに残念なことですが、名前(諱)が間違っている・・・・・・(涙)。

 岡田惣右衛門の諱は正しくは「奇良(よりよし)」なのだが、ここでは誤って「寄良」とされているのである。

 岡田惣右衛門の諱は、「寄良」ではなく「奇良」です!!!

 流祖の正しい諱については、石川家文書をはじめとした古文書や、全国に3つある江戸から明治にかけて建立された流祖の頌徳碑といった一次史料によって、

 「寄良」は間違いで、正しくは「奇良」である


 ことが十分に確認され、森田栄先生や辻淳先生などの柳剛流に詳しい研究家の皆さんも、その旨を指摘・公表しているにも関わらず、世間的にはなかなか正されずに誤った文字による諱が流布しているのは、本当に無念である。



 そういえば、ウィキペディアにも、松平主税助(松平忠敏)の記載があるのだけれど、剣客としていささか否定的なニュアンスで書かれていることが気になる。

 松平主税助は、柳剛流祖・岡田惣右衛門の弟子であった直井勝五郎の門下として柳剛流を修め、安政3 (1856)年に講武所剣術教授方に、さらにその後、講武所師範役に昇進し、旗本としては最高位の諸太夫従五位下上総介に任じられている。

 このように、松平主税助は柳剛流の歴代剣士の中でも、名実ともに有数の剣客であるにも関わらず、ウィキペディアの記述では、

 「剣豪タイプの人というよりは官僚的な旗本」

 「後世には相当な腕の剣客としての虚名が広がるようになる」



 と、ずいぶん否定的なニュアンスで書かれているのである。

 それにしても、「虚名」というのは、まことに失礼極まりないと思うのは私だけだろうか?

 そうまで書くのなら、ぜひ、その「虚名」とやらの根拠を知りたいものだ。

 史料価値や信憑性の低いネット百科の記述とはいえ、こうした根拠のない誹謗中傷は、それこそ「司馬遼太郎の呪い」の二の舞になりかねない。

 とはいえ、ツイッターと同様、ウィキペディアについても、私は編集の仕方など全く分からないし、いまのところ編集の仕方を覚えるつもりもないので(私には、もっと他に覚えなければならないことや、やらなければならないことが山ほどある)、代わりにここに記しておく。

 縁があれば、ネットを巡り巡って、誰かが間違いを正してくれるかもしれないことを期待する次第である。


「平日に咄しするとも真剣と
            思うて言葉大事とそしれ」(柳剛流 武道歌)



 (了)
関連記事
スポンサーサイト