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柳剛流の目録にみる、形名の異字・当て字/(柳剛流)

2018年 01月25日 10:24 (木)

 伝書のような古文書を読んでいて悩ましいのが、読み方や意味・意義などが同じながら漢字の一部が異なる、異字や当て字だ。

 昔の人はかなり文章における文字の表記統一に大らかだったようで(苦笑)、現代人としては戸惑うことが少なくない。

 柳剛流の伝承についても、こうした異字や当て字がみられる。



 たとえば東日本に伝播した大多数の柳剛流(武州系・仙台藩伝など)では、多くの場合目録の階梯において、「当流之極意」と称する柳剛刀という剣術形6本が伝授される。

 それらの名称は一般的には、以下の通りである。

・飛龍剣
・青眼右足刀
・青眼左足刀
・無心剣
・中合刀
・相合刀


 一方で、我々が稽古している仙台藩角田伝柳剛流の佐藤健七先師系統の伝承では、これら6本の形の表記は、以下のようになっている。

・飛龍剣
・青眼右足頭
・青眼左足頭
・無心剣
・中合剣
・相合剣


 つまり、青眼右足刀と青眼左足刀については「刀(トウ)」という文字の代わりに「頭(トウ)」という文字が当てられ、また中合刀と相合刀ではぞれぞれの「刀(トウ)」の文字が「剣(ケン)」という文字に置き換えられているのである。

 しかし、同じ仙台藩角田伝の柳剛流でも、明治末から昭和の初めにかけて、角田中学校剣術師範を務めた斎藤龍三郎先師が、大正13年に南部雄哉氏に伝授した目録を見ると、「青眼右足刀」「青眼左足刀」という一般的な書き方で、トウという読みに「頭」という文字は当てられていない。

 また、中合剣ではなく中合刀、相合剣ではなく相合刀と、佐藤健七先師系とは異なり、これら2つの形名では「剣」ではなく「刀」となっている。

 武州系各派の柳剛流伝書を見ても、このように「刀」を「頭」という文字で当てた伝書はまったく見当たらず、また中合刀・相合刀の2つについて「刀」ではなく「剣」として表記しているものも見当たらない。

 ところが武州系の柳剛流の中でも、柳剛流と天神真楊流を合わせて創始された中山柳剛流の目録では、青眼右足刀(頭)は「青眼右足剣」、青眼左足刀(頭)は「青眼左足剣」となっているのも興味深い。

 その上で、現在唯一確認されている流祖直筆という柳剛流目録の表記、佐藤健七先師系の仙台藩角田伝柳剛流、武州系および齊藤龍三郎先師系の仙台藩角田伝柳剛流、中山柳剛流、そして紀州藩田丸伝の5つの目録の表記を比較すると、次のようになる。


柳剛流各派における、目録剣術形名の異字・当て字の例

※流祖直筆(A)、佐藤健七先師系(B)、武州系・齊藤龍三郎先師系(C)、中山柳剛流(D)、紀州藩田丸伝(E)

青眼右足刀(A)/青眼右足頭(B)/青眼右足刀(C)/青眼右足剣(D)/青眼右足刀(E)
青眼左足刀(A)/青眼左足頭(B)/青眼左足刀(C)/青眼左足剣(D)/青眼左足刀(E)
中合刀(A)/中合剣(B)/中合刀(C)/なし(D)/ 中合刀(E・ただし切紙で伝授)
相合刀(A)/ 相合剣(B)/相合刀(C)/なし(D)/相合刀(E・ただし切紙で伝授)





 古流の伝書類におけるこうした異字・当て字は、武芸としての「業」や「術」の本質にはあまり関わりのないところであるが、近世における日本の技芸の伝承や文化を考える上では、とても興味深い点ではないかと思う。

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▲明治38(1905)年9月に、今井(林)右膳系の師範である古山半右衛門が、笹谷源四郎に出した「柳剛流剣術目録」。ここでは、「頭」の当て字、「刀」の「剣」という字への置き換えはなく、最も一般的な武州系の柳剛流目録に見られる表記となっている

 (了)
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