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メメント・モリ/(身辺雑記)

2018年 02月16日 12:08 (金)

 本日は確定申告の提出開始日。

 昨日、1日がかりで書類をまとめ、先ほど提出を終えた。

 それにしても、2017年も1年間、馬車馬のように働いてきたが、沈没寸前の出版業界の不況の影響で、年収は右肩下がりである。

 出版不況と武術・武道の関係でいえば、先月9日、『剣道日本』の発行元であったスキージャーナル株式会社が、約4億円の負債で破産した。

 昨今の出版業界の不況と紙媒体の凋落を考えれば、むべなるかなというところだ。

 東京商工リサーチの報道によると、スキージャーナル社は、


平成4年5月期の売上高は約16億5,000万円を計上していたものの、近年は出版不況による発行部数の減少に歯止めが掛からず売上が落ち込み、27年5月期の売上高は約5億5,500万円に低下。その後も業況が好転せず、資金繰り悪化から債務の支払遅延なども発生し、29年12月8日に資金ショートを起こしていた。



 のだそうな。

 売上が最盛期の3分の1では、倒産もやむをえまいと思う一方で、業界全体の落ち込み方も似たようなものだと実感する。

 私のようなフリーランスの記者の原稿料をみても、たとえば旅行ガイドブックでは平成7年ごろ、取材なし・執筆のみで1ページ1万2,000円だったギャラが、平成30年現在、同じ条件で1ページ3,000円程度にまで下落している。

 或いは、比較的不況の影響を受けにくい医療専門誌の原稿料も、平成12年ごろは取材・執筆込み4ページ12万円程度だったものが、今は同じページ数で6万円以下だ。

 一文字換算の原稿料で考えると、平成20年ごろまでは1文字10円の仕事は安すぎて断っていたのが、いまや1文字4円とか3円の仕事などざらである。

 つまり、私のような個人事業者レベルで考えても、近年の売上高は最盛期の2分の1から4分の1に低下してしまっているわけで、スキージャーナルの減収と同じような状態なのだ。

 それでもなんとか借家の家賃を払い、スーパーの見切り品の刺身を肴に紙パックの安酒で酔っ払い、一方で稽古場を維持し、必要な武具を用意し、思う存分武芸に打ち込んでいられるのはなぜか?

 原稿料が3分の1や2分の1に下がった分、30代の頃の2倍も3倍も働いてしているからだ。

 これは正直、後2年で五十路を迎えようという初老の男には、結構つらい。

 若い頃のように、毎日12時間・1週間ぶっとうしで原稿を書くとか、1週間通しでの地方取材とか、1日5人続けて一人1時間のインタビューとかいうのは、体力的にも精神的にもそろそろ限界である。

 それでも、これくらいハードな仕事をしないと、15年前の年収は維持できないわけだ。

 もう1つ、今のような経済状態でもなんとか人並みの生活が維持できているのは、養うべき家族がいない独り者だからである。

 現状の年収では、とうてい子供に十分な高等教育を受けさせられないし、奥さんと一緒に銀座の『BEIGE ALAIN DUCASSE TOKYO』での外食など絶対に無理である(爆)。



 かつて、同じ学校で出版人を志した仲間の多くは、出版不況の悪化にともなって転職し、出版業界から去ってしまった。

 この25年間で、失踪したまま行き方知れずになってしまった者や、自ら命を絶ってしまった者もいる。

 とはいえ、この仕事は誰に強制されたわけでもなく、売文稼業を選んだのは自分自身であるし、四半世紀に渡って業界に踏みとどまっているのも自分の意思だ。

 そもそも、五十路にならんとする潰しのきかないフリーの記者の転職先など、ほとんど無いのが現実なのだが、誰か年収800万円くらいでいいから雇ってくれんもんだろうかネ。

 あるいは、月謝1万円で弟子が100人くらいいれば、経費を差っ引いても余裕のある生活ができるのだがナ・・・・・・(苦笑)。



 この先、どこまで売文業で食っていけるか分からないし、最終的には私のような零細自営業者の場合、高齢になり仕事が無くなれば、満額でも月々6万4,000円の国民年金しか収入がない状態となる。

 それどころか私の場合、若いころは無頼三昧なその日暮らしで年金を払えなかった時期があるので、年金の受給額は毎月2万円強にしかならないし、資産や貯金は現時点で皆無である。

 こうした状況を鑑みた上で、医療・介護・社会福祉領域を専門とする記者として自分の将来を客観的に推測するとだね、宝くじでも当たらない限り、私の老後は生活保護&孤独死が100%確定しているわけだ。

 それでも私は今、きちんと税金や社会保険料などの支払を済ませ、自分で稼いだ金で酒を飲み、柳剛流をはじめとした古流武術や手裏剣術の稽古と研究に打ち込み、自分の稽古場で門下への指導を行い、月に一度親しい人と好きな歌舞伎や文楽と食事を楽しむことができる、ささやかなこの暮らしに結構満足している。

 その上で、最終的には孤独死する覚悟は、とうの昔にできている。

 あるいは西部邁氏ではないが、状況と必要によっては自裁という選択もありだろう。

 ちなみに死後、自分の死骸や貰い手のない家財道具等を処理してもらうための最低限の資金確保は、必ずあらかじめしておきたいものだ。

 死んだ後にまで、世間様にご迷惑を掛けてはならぬ。立つ鳥跡を濁さずである。

 私の場合、今のところ県民共済の死亡保障で、自分の死体の後片付け等の代金は賄える予定だ。



 そんなこんなで、今日も今日とて原稿を書きまくり明日を生き抜くための金を稼ぎつつ、木太刀を執って柳剛流の稽古に勤しむわけだ。


 「吾れ死なば焼くな埋むな野に晒せ 痩せたる犬の腹肥やせ」
                         (小野小町)

 
   (おしまい)
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