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ひさしぶりのヨコハマ/(身辺雑記)

2018年 01月11日 11:42 (木)

 最近は、アームチェア・ディクティブ的な仕事が多く、取材記者なのにあまり現場に出させてもらえないのが、いささか悩ましい・・・・・・。

 そんななか、昨日は今年の初取材で久々に横浜へ。

 今回は野毛の食べ物横丁とジャズ喫茶、関内のバーの取材&撮影である。

 15年来の知古であるカメラマン氏との現場なので、サクサクと仕事が進むのが心地よい。



 ハタチになるまで伊豆の山奥で生まれ育ったので、私は100%純正の田舎モンなわけだが、思春期となり同級生たちが東京への憧れを語るようになっても、特段、東京への興味や関心は無かった。

 (結果的には、これまでの人生で一番長く暮らしたのは東京なのだけれど)

 むしろ、伊豆から見ると東京よりも手前にある「横浜」への憧れが強かったのは、キャロルや横浜ケンタウロスの影響だったのだろう。

 ま、今となっては、それはそれでこっぱずかしく、俗っぽい話ではあるのだが(苦笑)。

 高校生になるとバイトで稼いだ金を使い、月に1~2回は東海道本線の各駅停車で横浜まで出かけ、中華街で怪しげな武具を購入したり(たしか、なんとかシンジケートとかいう店だったという記憶がある)、読めもしない中国語の人体急所図みたいなものを買いあさったり、山手や元町あたりを意味なくぶらついたものである。

 大人ぶって梅香亭やオリヂナル・ジョーズに入ったものの、緊張して食事の味など分からなかったことや、バイクの免許取り立てでケンタウロスを訪ねたものの、店頭で思いっきり立ちゴケをしてしまい、それを憐れに思ってくれたボスが2階のクラブハウスに招き入れてくれ、(「あの椅子」に座りながら)半日ほども話しをさせてもらったりしたことなど、いずれももう30年以上も前、遠い昭和時代の記憶だ。



 上京し、フリーの売文稼業で糊口をしのぐようになってからは、横浜の街歩き本などの仕事をよくやり、飲食店だけでも200軒以上は原稿を書いただろうか。

 企画に行き詰まって中華街を歩いていたところ、たまたま喫茶店で知り合った方が中国料理店のオーナーで、その店をメインに誌面を構成して本の巻頭特集を飾ることができた! などという、ちょっとドラマチックな出来事も懐かしい思い出だ。



 ここ数年、横浜を訪ねるのは年に1度、関内ホールで歌丸師匠の独演会を聞きに行く時だけだったのだが、久々にゆっくりと街を歩いて、「やっぱりヨコハマは、いいなあ」と、しみじみ思った次第。


▲昭和、横浜といえば、やっぱり『プロハンター』。ミズさんの、黄色いブルゾンにあこがれたもんである


 (おしまい)
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