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平成29年を振り返って/(武術・武道)

2017年 12月30日 20:09 (土)

 門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし。(一休宗純)


 さて、今年も残すところあと1日となった。

 この1年を振り返ると、4月には一昨年の母に続いて父が他界し、2年連続で喪に服することとなった。

 訃報を聞いたのは、演武のために滞在していた岐阜であった。

 48年間にわたる親子の関係は、あまりハッピーなものではなかったけれど、死んでしまえばみな仏様である。

 今思うと、死に顔くらいは見てやればよかったかなとも思う。

 父の死の前、2月には、およそ10年来の旧友であった無冥流投剣術の鈴木崩残氏が逝去。

 2年ほど前に、互いの手裏剣術や武芸に対する思いや考え方の違いについて、歩み寄りが不能なほどの溝ができてしまい、私の方から義絶を申し出た。

 しかし、これほど早く鬼籍に入ってしまうのであれば、そこまできっぱりと縁を切るのではなく、やんわりと少し距離を置くぐらいでよかったと思うのだが、それも後の祭りである。

 他界直前、崩残氏は自らのブログに私への謝罪の言葉を残してくれていたのだけれど、ならば直接連絡をくれれば、和解ができたのにと思うのは、こちらから絶縁を申し出た側の驕りであろうか・・・。

 いずれにしても、不世出の天才であった無冥流・鈴木崩残という人物が独力で編み出した打剣理論と教習体系は、100年後も、自ら手裏剣術を自得しようとする多くの人々の、貴重でかけがえのない道しるべになるであろう。



 武芸に関して、今年は個人的にたいへん大きな挑戦の年であった。

 まず4月8日の「平成29年度 苗木城武術演武会」では、翠月庵一門で手裏剣術と柳剛流の剣術・居合・突杖を披露。当庵として初めての、柳剛流の公開演武を行った。

 その後、師である小佐野淳先生のお引き立てにより、5月3日の「水月塾主催 第32回諏訪明神社奉納演武会」、同月28日の「松代藩文武学校武道会 第22回 春の武術武芸会」、そして9月23日の「第23回松代藩文武学校武道会 秋の武術武芸会」では、いずれも師に打太刀を執っていただき、私は仕太刀として柳剛流剣術と長刀を演武させていただいた。

 中でも5月の諏訪明神社奉納演武会は、柳剛流200有余年の歴史において初めてとなる、免許秘伝長刀の公開の場となった。

 これは柳剛流の歴史において、特筆すべき出来事であったといって過言ではないだろう。

 また、ひとりの柳剛流の修行人としても、今年の4回に渡る演武は、自らの業前を大きく飛躍させてくれる得難い経験となった。

 特に、春の松代での演武で感じた「跳斬之術」に関する課題について、その後の稽古で「太刀の道にしたがう」ということを感得し、その成果を秋の松代の演武で発揮することができたことは、実に貴重な学びであった

 この「跳斬之術」の感得=「太刀の道にしたがうこと」を知ることによって、ようやく自分が柳剛流修行における大道の真の関門をくぐったのだと思っている。

 そのような中で秋には師より、柳剛流剣術目録を賜ることができたのは、今年最大の喜びであった。

 一方で柔の稽古においても、師や兄弟子である関西支部長のY師範より、柳生心眼流、そして水月塾制定日本柔術のご指導を賜り、自分の身体能力では絶対に習得は無理だろうとあきらめていた柳生心眼流の「取放」についても、お2人のご指導とご協力でなんとか形を打つことができるようになったのは、これもまた本当に大きな喜びであった。

 このように今年も、武術修行に関しては実に充実した、実りの多い1年であった。

 その上で来年は、自らの業前を高める事は言うまでもないが、門下の術技の向上にもさらに意を砕いていきたいと思う。

 現在、当庵で柳剛流を学ぶ人々が、遠からずそれぞれ師範となり、各々が自分の稽古場を開いて、さらに多くの人に柳剛流を伝えてゆく。

 そのような「関東における柳剛流の復興」を、流祖・岡田惣右衛門や仙台藩角田伝の祖である岡田(一條)左馬輔の墓前に、いつの日かご報告したいと思う。

 加えて、手裏剣術と空手道について。

 手裏剣術や空手道の稽古は、ともすれば「華法」に陥りかねない自分の稽古に、武の「リアル」を突き付けてくれる大切なものだ。

 だからこそ、これは昨年の「振り返って」でも同じことを書いたけれど、手裏剣術も空手道も、古流の稽古と並行してこれからも粛々と続けていこうと思う。



 さて、平成29年も、たくさんの方のお世話になりました。

 まず、我が師である国際水月塾武術協会の小佐野淳先生には、今年も実技や有職故実について、惜しむことなく丁寧なご指導とご教授を賜り、本当にありがとうございました。来年も引き続きご指導をいただけること、うれしく存じます。

 また、水月塾の各師範方や本部の先輩方、遠く海の向こうから武者修行に訪れる海外支部の皆さんにも、たいへんお世話になりました。ありがとうございます。

 戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のO先生と同稽古会の皆さんには、今年も変わらぬお付き合いをいただき本当にありがとうございました。来る4月の演武会で、またお会いしましょう。

 柳剛流や武術史につきまして、剣術流派調査研究会の辻淳先生や武術研究家のS様、『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』の著者である南部修哉様、先日久々にお会いできましたKさんには、ご助言や貴重な史料のご提供などを賜り、ありがとうございます。

 手裏剣を存分に打て、腹の底から掛け声をかけて剣術の稽古が思い切りできる貴重な稽古場を提供してくださる家主様にも、心よりお礼申し上げます。

 そして、北は山形から南は沖縄まで(アクセス解析の結果デス)、ニッチで個人的な本ブログを読んでくださる数少ない読者の皆さんにも、感謝申し上げます。ありがとうございました。

 なかでも、直接お会いしたことはありませんが、SNSで私の拙い文章を好意的にご紹介してくださり、時に武人としての含蓄のある言葉でご助言をしてくださった周防の国のRさんには、ここで改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 そして最後に、いつも身近で私を支えてくれる「S」へ、今年も1年間、本当にありがとう。

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 それでは平成30年も引き続き、武術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部を、宜しくお願い申し上げます。

 まずは皆さま、良いお年をお過ごしください。

 翠月庵主/国際水月塾武術協会埼玉支部代表
 瀬沼健司 謹識 

 (了) 
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