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武州の農民剣法/(柳剛流)

2017年 11月05日 00:56 (日)

 昭和の国民的作家である司馬遼太郎は、その作品中でたびたび、悪役や噛ませ犬的な剣客の使う流儀として柳剛流を取り上げ、「野卑で卑怯な百姓剣法」などといった負のイメージを作り上げた、いわばA級戦犯である(苦笑)。

 おかげで、テレビ時代劇『水戸黄門』のなかのセリフでまで、「相手の脛を払う 卑怯な剣術です!」呼ばわりされる始末だ・・・・・・。

 以前は、こういったメディアで流布された流儀に対する負のイメージについて、「何するものぞ!」という気持ちが強く、そういった誹謗中傷を正し、流儀の名誉を挽回するためにも「業を磨かねば!」 といった、いささか気負った気持ちが強かった。

 しかしここ最近、荒川にほど近い田園に囲まれた我が翠月庵の野天稽古場で、門下とともに武蔵野のからっ風に吹かれながら、裂帛の掛け声を存分にかけつつ柳剛流の稽古を心ゆくまでしていると、

 「これぞまさに、武州の農民剣法!」

 といった、ある種清々しい心持ちになってくるようになった(笑)。

 もちろん厳密には、私たちの伝は仙台藩の角田・丸森に伝わった柳剛流であり、伊達家筆頭である石川家中、角田城下の成教書院で練磨されてきた武士の剣の流れを汲んでいる。

 あるいは角田伝以外でも、柳剛流は幕臣をはじめ、前田家中や藤堂家中など、数多くの武士たちに稽古されてきた。

 しかし一方で、ここ武州では多くの農民たちが、現在の私たちと同じように武蔵野の風に吹かれながら、荒川沿いや江戸川沿い、あるいは中山道や日光御成道沿いの農村に点在する野天稽古場で、4尺4寸の長木刀を振るいながら、流祖・岡田惣右衛門が編み出したこの流儀に精進してきたのだ。

 そんな数多くの、無名の農民剣士たちに想いを馳せつつ、蒼穹の下でのびのびと稽古をしていると、

 「農民剣法、いいんじゃない」

 と思う、今日この頃なのであった。


切紙3
▲日光御成道沿いの豪農であった、柳剛流師範家・深井派の切紙

 (了)
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