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古武術の保存といふ事について~成瀬関次著『臨戦刀術』より/(武術・武道)

2017年 10月23日 14:06 (月)

 根岸流手裏剣術の成瀬関次師と言えば、桑名藩伝山本流居合の相伝者でもあり、戦中は軍刀整備を担う軍属として大陸の戦場に赴いたことでも知られている。

 こうした経験から成瀬師は、現代における白兵戦での日本刀の実情を記した記録を数多く残しており、なかでも『戦ふ日本刀』や『実戦刀譚』、『臨戦刀術』などの著書は、たいへん示唆に富んだ記録として私も味読している。



 昨夜、柳剛流と柳生心眼流の稽古をひとしきり行った後、選挙速報をつらつらと聞きながら、ひさびさに昭和19(1944)年刊行の『臨戦刀術』を紐解いていたのだが、次のような一文が目に留まった。


 古武術の保存といふ事について序に小見を述べて置きたい。近来古武術の伝統が、だんだん世に表れて来るやうになつた事は、まことに結構な事であるが、それが多くは、その形だけを保存するにとどまるといふ事は一考すべきではなからうか。

 成る程、一本の針を吹きまたはこれを打って敵を防いだといふやうな一つの術でも、これが失われたが最後現世に於いて再び得る事は出来ない。これを保存し、これを伝えるといふ事は重要ではあらうが、それと共に各流祖なり伝統者なりが、血を以てこれを創めこれを伝えた歴史と伝統精神とを、同時に保存するものでなくてはならないのである。

 この三者を具備しない、単に形だけの古武術なるものには、随分如何はしいものが少なくない。中には古い流名だけをとって、形は全く別種のものではないかと思はるゝやうなものさへある。

 さうしたものが、古武術勃興の時世に便乗して、白昼公然と演武されるといふやうな苦々しい事は、武道の尊厳を保つ上から見て、断乎として排除すべきではなからうか。



 このように記した上で成瀬氏は、国の公的機関を設け、そこで流儀の真偽等について吟味させるべきであるとの意見を述べている。

 なおちなみに、現在、国内には古流武術に関する公的な団体としては、日本古武道振興会や日本古武道協会があるが、これらの団体はいずれも、それぞれに参加している流儀の歴史的正当性や真偽を、学術的に担保するものではないということは、改めて認識しておくべきであろう。

 なかには、「古武道振興会に参加していない流儀は、すべてニセモノである!」などと公言している武術関係者のブログもあるようだが、なんというか、これはとんでもない暴論だ(苦笑)。

 これらの団体に参加していなくとも、長年にわたって地域で伝承されてきた古流武術は全国に数多くあり、逆にこうした団体に参加していながら伝承に疑義が指摘される流儀もあることは、ある程度のキャリアと見識のある武術・武道関係の皆さんならば、ご存知の通りである。

 武術・武道の事跡調査や研究に関わる者は、安易な権威主義に踊らされてはならない。

 そしてまた、いつの世も伝統を騙る「ニセ古武術」の芽が尽きないというのは、なんとも残念なことだ。

 (了)
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