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野天稽古/(柳剛流)

2017年 10月07日 09:15 (土)

 昨夜、そろそろ稽古をしようかと思うと、折悪く雨が降ってきた。

 ひと降りごとに秋を深めるこの季節の雨は、残暑に疲れた体と心にはたいへん心地よいのだが、外で稽古ができなくなるのが難点だ。

 翠月庵の定例稽古にしても、自宅での稽古でも、私の場合、稽古は基本的に屋外で行うことが多い。

 屋内での稽古は、月1回の水月塾本部での稽古と、不定期に行っている埼玉県立武道館での稽古、そして当夜のように雨やあるいは時間が深夜になってしまったときに自室で行う稽古のみである。



 以前、武州における柳剛流の有力師範家のひとつであったF家を訪ねた際、江戸時代の稽古場の様子に関してお話しを伺うことができた。

 同家の中庭には、かつて間口3間、奥行き8間の稽古場があった。

 稽古場の真ん中には座敷が設えられて二分されており、実際に普段の稽古で使われていたのは3間×3間半程度の部分であったという。

 この広さでは、何人もの門人が同時に稽古をすることはできず、多くは広々とした中庭で木太刀や撓を振るっていたのではないかと、当代の御当主が話してくれた。

 思うにこのF師範家だけではなく、江戸末期から明治にかけて、武州各地で教線を張っていた多くの柳剛流師範家では、このように野天での稽古が主流であったのだろう。

 そういう意味で我が翠月庵は、柳剛流の伝統を墨守した由緒正しい野天稽古を今も継承しているということになる(苦笑)。

1702_柳剛流稽古



 野天稽古の良いところは、不整地での運足に習熟できることだ。

 野外ではちょっとした小石ひとつ、地面の傾斜や濡れ具合などで、足をとられて気をそらされたり、運足が乱れてしまうことが少なくないが、こうした経験は板の間の道場稽古だけでは得難いものだろう。

 また、よく口伝で伝えられる、「日光を背にしろ」だとか「風上に立て」、「ぬかるみでは卒爾に斬りかかるな」などという教えは、屋内での稽古しかしていないと「なるほどねえ・・・」くらいの感想しか持たないだろうが、普段から野外で稽古をしていると、実に切実かつ重要な教えであることが分かる。

 たとえば、西日の真逆光の方向に向かって手裏剣を打ったり刀を振るうと、的や相手の姿がたいへん見にくいことが体で実感できる。

 また、季節の移り変わりをしみじみと感じることができるのも、野天稽古の魅力だ。

 この季節、ひとりで柳剛流の備之伝の稽古などをしていると、木太刀の先に赤トンボがとまったりすることもあった。

 青眼に構えた柳剛流の長大な木太刀の剣先に、ふわりとトンボがとまったときには、なにやら自分が時代小説の登場人物になったような気分であった。

 しかし一昨年頃から、稽古場周辺のトンボの数が激減してしまい、こういう風情のある瞬間が見られなくなってしまったのは、まことに残念である。



 往時、江戸府内にある柳剛流の教場では、加賀藩士や津藩士などを中心とした武士たちが主な門人であったが、一方で武州各地に点在した柳剛流の各有力師範家では、たくさんの農民たちが柳剛流の剣を学び、野天の稽古場で木太刀や撓を振るっていたという。

 蒼穹が広がる秋空の下で柳剛流の稽古に励みながら、そんな遠い時代の風景に想いを馳せられるのも、古流を稽古する喜びのひとつである。

 (了)
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