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演武を終えて、柳剛流を想う/(柳剛流)

2017年 09月30日 10:30 (土)

 先の週末に行われた松代での演武も無事終了し、翠月庵として、年度内の武術関連の行事は、年末の手裏剣術講習会以外、すべて滞りなく済んだことになる。

 このため、来年春の苗木城武術演武会まで半年以上の間、公式な演武などはない。



 今年は、4月の苗木城武術演武会を手始めに、5月に行われた水月塾主催諏訪明神社奉納演武会と松代藩文武学校武道会春の武術武芸会、そして先の同武道会秋の武術武芸会と、合計4回、柳剛流の演武を行った。

 なかでも水月塾主催の演武会と松代での2回の演武では、史上初めて柳剛流免許秘伝の長刀が公開され、流儀の歴史上、画期的な出来事となった。

 個人的には、春の松代での演武において、剣術の「左剣」の形、そして全般的に間合について課題を感じたのだが、それらについても今回の演武では改善できたと思う。

1709_柳剛流剣術「中合剣」
▲柳剛流剣術 「中合剣」(打太刀:小佐野淳師 仕太刀:瀬沼健司)



 「古流武術の稽古者にとって、演武は真剣勝負の場である」

 という考えから、今回の松代での演武についても、自分なりに技術的・精神的に集中し、数か月前から十分に心身を調えた上で臨んだ。

 このため今週は軽いバーンアウト状態で、演武が終わってから今日までの6日間、まったく木太刀を手にとっていない。

 その分、秋の夜長に、柳剛流関連の書籍や資料、伝書類などにゆっくりと目を通し、流儀のこれまでとこれからに想いを巡らせた。



 21世紀もすでに20年近くが過ぎた今、柳剛流を稽古する我々の使命は大きく3つある。

 一つは、流祖以来200年以上にわたって伝えられた柳剛流という無形の文化を、次の代に正しく、そして余すことなく伝えること。

 一つは、流儀の「業」=「術」を形骸化させることなく、武技としてあるべきレベルにまで磨き上げること。

 一つは、流儀の事跡を広く調査し、正しい伝承の歴史を後世に伝えていくこと。


  
 私のような浅学菲才、泥酔無頼の輩には、この3つの使命をすべて完璧に行うというのはいささか荷が重い。

 しかしながら、流祖・岡田惣右衛門が編み出した柳剛流という素晴らしい「術」が、この先も絶えることなく50年後、100年後にも伝えられているよう、微力ながらも力を尽くしていきたいと改めて思う。

 (了)
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