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深夜、無声にて形を打つ/(柳剛流)

2017年 08月17日 10:54 (木)

 「武芸における掛け声は、威力を持った固有の武技である」

 というのは、私の昔からの持論だ。

 また、武芸者の発する掛け声はひとつの年輪であり、掛け声の様子によって、ある程度その人の業前さえ推察することができる。

 故に、特に初学の者には、掛け声についてしっかりとかけるように指導したい。

 有声の掛け声は、「どこから声を出すのか?」を意識させることで、上・中・下の各丹田を認識させるのに有効であるし、ごく初歩的な「気・剣・体の一致」を体現させるためにも有用だ。



 昨晩の稽古は、屋外でしかもかなり夜遅い時間であった。

 仙台藩角田伝柳剛流では、形において短く「エイ」、あるいはやや伸ばして「エーイ」という掛け声をかけるのであるが、深夜の屋外ではそういうわけにもいかぬ。

 そこで、本来は有声である掛け声を、無声として行う。

 有声の掛け声も無声の掛け声も、本質的にはその意味や効果は同じものであるが、有声の掛け声の効果・効用を同じように無声で実現させるためには、より質の高いレベルでの呼吸・意識・体の運用が求められる。

 このような感覚を養う意味で、本来は有声であるべき形=業を、時には無声で行うというのも有効であろう。

 ただし、こうした稽古はあくまでもある程度熟達した者が行うべきものであり、初学者はあくまでも流儀の定める掟の通り、腹の底から大きく掛け声を掛けなければならないことは言うまでもない。

 一方で指導者は、「掛け声とはどのようなものか?」「掛け声にはどんな意味・意義・効果があるのか?」「どこから、どのように、どんな拍子で声を出すのか?」といった点を、明確にして指導しなければならない。

 「四の五の言わず、ハラの底から大声を出せ!」

 という軍隊式・体育会式の指導も結構だし、私自身、若いころはそのように教えられてきたのだけれど、最近の若い人はこうした教え方ではあまり納得してくれないようだ(苦笑)。

 一方で指導者たるもの、

 「声出せ、声出せって言いますけど、ボクシングじゃあパンチ打つ時、声出さないっスよね?」

 といった素朴な弟子の問いに明確に答えられなければならないし、そのためには単なる大声と「威」のある掛け声の違いについて、明確に理解し、それを弟子に説明して指導できなければならないだろう。

 掛け声は、力なり。

1705_柳剛流長刀_モノクロ
▲裂帛の掛け声とともに技を繰り出す柳剛流長刀


 (了)
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