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柳剛流突杖の体術への展開(その2)/(柳剛流)

2017年 07月08日 10:30 (土)

 土曜は翠月庵の定例稽古であるが、本日は私の所用にて休みである。

 「所用」というとなんとなく曖昧模糊としているが、要するに仕事で稽古ができないということだ。

 私は毎月注文のある定期ものの仕事として、医療法人や社会福祉法人の経営者向け月刊誌の巻頭インタビューを担当している。このため毎月1人、医療や福祉関係のオピニオンリーダーにインタビューを行い、6000文字ほどの記事を書いている。

 月刊誌というのは、新聞や週刊誌などに比べると仕事のスパンがそれなりにあるので、それほど慌ただしいことはないのだけれど、たとえば取材のアポイントメントの調整がつかず、どうしても翌月号の校了日直前に取材しなければならず、普段は1週間ほどかけて入稿する原稿を、中1日で仕上げろ! などということはしばしばある。

 今回も、昨日表参道の日本看護協会で行った会長のインタビューを、明日までに入稿しなければならず、やむなく本日の稽古は休みとした次第。

 先週の稽古も雨で中止だったため、気持ちとしては今日は存分に稽古したい所だが、ま、止むをえまい。働かないと、飯が食えず、酒も飲めず、家賃がはらえず、そして稽古もできないし稽古場の維持もできない。

 稼がねばならぬ。

 そんなこんなで本日は定例稽古ができないので、その分、日々の自分の稽古は一段と気を入れて行わねばならない。



 昨晩は、柳剛流突杖の形をじっくりと錬る。

 すでに本ブログでは何度も書いているように、柳剛流において剣術・居合・長刀の3つの術は、すべて一貫した体の使い方(跳斬之術)によって業が展開されていくのであるが、この突杖だけは、そのような体動を伴わない。

 柳剛流の親流儀として明確になっているものには、心形刀流のほかに三和無敵流があるが、ことに突杖については三和無敵流からの影響が強いのではないか? という話は、以前、本ブログに書いた。

 「三和無敵流和力の伝書を読む(その1)-柳剛流突杖に関する考察- 2016/09/29(Thu) -」
 http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-982.html

 また、柳剛流突杖のなかでも、2本目の「ハズシ」という形=業は、そのまま無手の体術に展開できるもので、同様の指摘は、龍野藩伝の柳剛流突杖を「柳剛流杖術」として伝承されている会派の方のブログにも、同様の記述があった云々(「でんでん」ではない、念のため・・・)ということも、やはり以前、本ブログで書いた。

 「柳剛流突杖の体術への展開- 2016/06/01(Wed) -」
 http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-917.html

 「柳剛流突杖「ハズシ」- 2016/07/08(Fri) -」
 http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-934.html

 その後、さらに柳剛流突杖を稽古していくにつれ、体術への展開という意味では、先に記した「ハズシ」以外の4つの形についても、杖使いの動きほぼそのままで、無手の体術に応用できるということを強く感じている。

 もちろん武具を扱うタイプの術は、(本質的に)すべからく体術に応用・展開できるというのは、いまさら言うまでもないことだが、柳剛流のなかでも特に突杖は、その傾向が強いのである。

 たとえば「ハズシ」は、差し手から入り身しての当身あるいは投げ。

 たとえば「右留」は、一足の見切りからの腕抑え、そして当身あるいは肩外し。

 たとえば「抜留」は、手首押さえから入り身しての当身あるいは投げまたは腕抑え、といった具合である。



 こうした応用としての稽古・研究は、それが本来伝承されてきた業=形を変形させてしまうようなことは、あってはならないし、厳に慎まなければならない。

 一方で、ある種の工夫伝ということでこうした応用を検討・研究するのは、流祖伝来の「術」が伝える本質的な理合を、より深く知る学びのひとつだと私は考えている。

 それにしても繰り返しになるが、突杖という一連の形=業は、柳剛流全体からみると実に奇妙というか独自色の強い技法群であるなあと、しみじみ思う。

■2017.7.11 一部本文を修正。
 
(了)
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