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柳剛流殺活術についての補足と整理~「水月」と「心中」の殺ほか/(柳剛流)

2017年 06月14日 12:36 (水)

 前回の記事をはじめ、本ブログでは何回か、柳剛流の殺法を解説した。

 その中で、「水月」と「心中」について、自分の中でやや混乱した、あるいはいささか雑な認識になっていたほか、「玉連」や「骨当」といった部位についても、新たに入手した史料によって見立てが変わったところがあるので、ここで改めて殺法に関する最新の知見をまとめておきたいと思う。

 過去、本ブログの記事では、柳剛流と天神真楊流の殺法を比較する際、柳剛流の「水月」=天神真楊流「水月」、柳剛流の「心中」=天神真楊流の一部伝書に記載されている「少寸」に当たると記してきた。

 (「柳剛流の殺活術について(後編)」http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-750.html

 この点について、改めて柳剛流殺活免許巻や、その他の当身に関する史料を検討してみると、もう少し慎重な考察が必要だと思われる。



 まず、ここで改めて柳剛流殺活免許巻を見ると、文久2(1862)年に記されたもの(以下、文久2年伝書)でも、昭和14(1939)年に記されてもの(以下、昭和14年伝書)でも、いずれの場合も、胸骨下部から腹部中心部分にあたる殺は、「水月」と「心中」の2つが書き分けられている。

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▲昭和14(1939)年に記された仙台藩角田伝の柳剛流殺活免許巻に記載されている図


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▲文久2(1862)年に記された仙台藩角田伝の柳剛流殺活免許巻に記載されている図



 2つの図を素直に見る限り、「水月」は胸骨直下・上腹部にあり、一方で「心中」は臍の上・腹部の中心を示している。

 この2つの殺について、私は以前の本ブログ記事で、文久2年伝書を元に、以下のように考察した。

「水月」については、柳剛流も天神真楊流も同じく、腹部の上胸部の下であろう。「此は柔術形に於いては尤必要也」と『柔術生理書』で井口松之助が書いている通り、水月の殺は日本柔術の当身で最も重要な部位であるだけに、その部位に当流の殺も天神真楊流の殺も違いがないであろうというのはたいへん興味深い。

 (中略)

 続く「右脇」と「心中」だが、この2つの殺は、伝書掲載の図では部位の引き出し線が重なっており、正しい位置が不明確である。常識的に考えて「右脇」というのは右の肋骨下部、天神真楊流で言うところの「稲妻」であり、「心中」は水月と明星の中間、天神真楊流の一部伝書に記載されている「少寸」という部位にあたると考えてよいのではなかろうか。




 その上で過日、神道六合流の当身に関する資料をつらつら読んでいて、水月の殺について思うところがあった。

 同流における当身の解説では、「水月」については「俗にいうみぞおちで胸骨の真下」とする一方で、その上部に「胸尖」という殺を示し、これを「胸骨の下端部、すなわち剣状突起の所」と示している。

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▲『奥秘柔術教授書特科虎之巻』(野口潜龍軒著)の図。「水月」と「胸尖」が別個に記されているのが分かる。


 一方で、明治29(1896)年発行の天神真楊流・井口松之助著『柔術整理書』を見ると、「水月の殺」とは、腹部の上胸部の下、すなわち胸膜の間、体内の中央真中を言う。胃腑、剣状突起の真下を突撃する所なり、としている。

 ここで改めて、上記の昭和14年伝書に記された柳剛流殺活免許巻の図を見ると、「水月」の殺の部位は胸骨直下にあり、「心中」の位置はその下、腹部中心のやや上よりとなっており、文久2年伝書の図でも、「水月」は明らかに両乳下端を結んだ線上の下にあり、「心中」は腹部のほぼ中心部を示している。



 これらの各資料の比較から、より厳密に柳剛流の殺法の「水月」と「心中」の部位を記せば、

 ・柳剛流の「水月」=神道六合流の「胸尖」=胸骨下端の剣状突起

 ・柳剛流の「心中」=天神真楊流/神道六合流の「水月」=腹部の上胸部の下、胸膜の間、体内の中央真中、胃腑、剣状突起の真下


 と考えるのが、より妥当性が高いのではないだろうか?



 また、本ブログの「柳剛流の殺活術について(後編)」において、私は文久2年伝書の図を元に、柳剛流の「玉連」はいわゆる「下毘」、柳剛流の「骨当」は天神真楊流の「肢中」ではないかと考察したが、これらについても昭和14年伝書の図を突き合わせて考えると、正しくは「玉連」は「肢中」、「骨当」は天神真楊流における「ダン中」に当たると思われる。

 さらに柳剛流の「二星」については、やはり「柳剛流の殺活術について(後編)」において、文久2年伝書に基づいて両目の下として考察した。これについては、武州の岡安伝による柳剛流の殺法図でも両目の下に点が記されている。ところが、昭和14年伝書では左右の目そのものとなっている。

 これらを勘案すると、古流の常識として左右の目は「日月」、つまり2つの星と称されることから、柳剛流の「二星」も、昭和14年伝書が示すように、両目そのもののことではないだろうか?

 文久2年伝書や岡安伝の史料では、両目の下部分に殺点が置かれ、そこから引き出し線が描かれているのは、作画上の方便であると考えるのが、より妥当性が高いように思われる。


 
 以上の点を踏まえ、改めて仙台藩角田伝柳剛流の殺18ヶ条の部位を、天神真楊流および神道六合流の殺と比較してまとめると、以下のようになる。


 仙台藩角田伝柳剛流の殺18ヶ条と、天神真楊流および神道六合流の殺との比較一覧

1)天道(柳剛流)=天道・天倒(天神真楊流・神道六合流)=前頭骨と左右頭頂骨の縫合部分
2)面山(柳剛流)=鳥兎(天神真楊流・神道六合流)=前頭骨と鼻骨の縫合部分、いわゆる眉間
3)二星(柳剛流)=該当なし=両眼
4)虎一点(柳剛流)=人中(天神真楊流・神道六合流)=左右上顎骨の縫合部分、鼻の下部、口の上
5)剛耳(柳剛流)=独鈷(天神真楊流・神道六合流)または耳孔=耳の後部真下のくぼみ、または耳の孔そのもの
6)雁下(柳剛流)=該当なし=二の腕の中心部内側
7)玉連(柳剛流)=肢中(天神真楊流・神道六合流)=首の正面、舌骨と胸骨上端との中間、いわゆる喉笛
8)骨当(柳剛流)=ダン中(天神真楊流・神道六合流)=胸骨中心部、両乳を結んだ線上の胸骨部分
9)松風(柳剛流)=雁下(天神真楊流)、月影(神道六合流)=乳の下部、柳剛流では左乳の下を言う
10)村雨(柳剛流)=雁下(天神真楊流)、月影(神道六合流)=乳の下部、柳剛流では右乳の下を言う
11)水月(柳剛流)=胸尖(神道六合流)=胸骨の下端部、剣状突起
12)心中(柳剛流)=水月(天神真楊流・神道六合流)=胸骨・剣状突起の真下
13)右脇(柳剛流)=電光・稲妻(天神真楊流・神道六合流)=右側の肋骨下部
14)稲妻(柳剛流)=月影(天神真楊流)、稲妻(神道六合流)=左側の肋骨下部
15)明星(柳剛流)=明星(天神真楊流・神道六合流)=臍の下約1寸
16)玉水(柳剛流)=釣鐘(天神真楊流)、陰嚢(神道六合流)=睾丸
17)高風市(柳剛流)=夜光(神道六合流)=大腿上部の前内側
18)虎走(柳剛流)=草靡(天神真楊流・神道六合流)=下腿後方の中央部、いわゆるふくらはぎ



 現時点において、仙台藩角田伝柳剛流の殺18ヶ条については、このような部位としての認識が、最も妥当なものであると考えられる。

■本文記載以外の参考文献
『日本柔術当身拳法』(小佐野淳師著/愛隆堂)
『実戦古武道 柔術入門』(菅野久著/愛隆堂)
『月刊空手道』第24巻第1号「現代空手の礎 柔術当身活殺術」(福昌堂)
『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』(南部修哉/私家版)
『一條家系譜探訪 柳剛流剣術』一條昭雄/(私家版)
『幸手剣術古武道史』(辻淳/剣術流派調査研究会)

 (了)
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