FC2ブログ

04月 « 2020年05月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 06月

6月からの稽古再開について/(お知らせ)

2020年 05月29日 12:46 (金)

各位

 長らく新型コロナウイルス感染症対策での稽古自粛が続きましたが、ようやく埼玉も含めた首都圏全圏で緊急事態宣言が解除されました。

 しかし、まだまだ感染症制圧は先のことであり、油断することはまったくできません。

 こうした中、翠月庵は6月13日(土曜)より、定例稽古を再開する予定です。


6月の稽古
 6日(土曜)感染症予防のため休み
13日(土曜)14~16時
20日(土曜)14~16時
27日(土曜)14~16時


 ただし当面の間(6月末頃まで)は、本格的な稽古再開のための準備期間と考えてください。

 このため6月末までは、

「感染防止を第一とし、密閉・密集・密接を避け、通常の組んで行う剣術や柔術ではなく、互いの間隔を開けてできる鍛錬(素振り等)や、居合・立居合など単独形の稽古」

 とします。

 具体的には、差し当たって6月末頃まで、以下のような体制で稽古を行います。

・稽古時間は、通常よりも短縮して14時~16時までの2時間とする
・稽古は基本的に、単独形のみとする。具体的には、剣術関連については柳剛流や荒木流の居合、または警視流や神道無念流の立居合のみ。柔術については柳生心眼流の素振のみ、手裏剣術は通常通りとする
・稽古中のソーシャルディスタンスを確保する
・稽古前後の手指消毒・手洗いの徹底
・希望する人は、マスク・ゴーグル・ファイスシールド等を装着しての稽古も可
・有声の掛け声は当面禁止。すべて無声にて稽古を行う



 また稽古に参加する皆さんには、以下の遵守をお願いします。

1)平熱を超える体温の人は、稽古には参加できません。自分の平熱をあらかじめ確認した上で、稽古に参加する日には必ず体温を測ってください。必ずです! その上で、平熱を超える体温の人は、稽古を休んでください。

2)下記の項目に1つでも該当する人は、稽古に参加できません。稽古に参加する日ごとに、必ず事前にチェックをし、該当する項目がある人は稽古を休んでください。
□せき、たん、くしゃみ、のどの痛みなど、風邪のような症状がある
□強いだるさを感じる
□息苦しさを感じる
□嘔吐や下痢をしている
□一緒に住んでいる人や身近な知人に、感染が疑われる人がいる

3)稽古場への移動に公共交通機関を使用する人は、移動中はできるだけマスクを着用し、混雑を避けて、感染リスクを減らしてください。

4)手指消毒用のアルコール等は庵主が用意しますが、いまだアルコールは供給が不足していますので、自前の消毒液等がある人は持参してくさだい。ご協力をお願い致します。

5)武芸では「直感」が大切です。「なんだか今日は、稽古に参加したくないな・・・」と感じたら、躊躇せずに稽古を休んでください。それで庵主が機嫌を損ねたりはしません(笑)。稽古を休むことが、単なる「なまけ心」なのか、それとも危機や危険に対する「直感」なのかは、各自が武人として自らに問うことが重要です。なお急遽稽古を休む場合は、必ず庵主に電話かメールでお知らせください。どこかで斃れているのではないかと、心配しますので・・・。

6)稽古参加者同士で、常に自主的にソーシャルディスタンス(一間以上)をとるよう心がけてください。目視で瞬時に彼我の間合を測ることは、武人、特に手裏剣術者にとっては必須の能力です。これを機会に目視の力量を磨きましょう!

7)武具の清潔に心がけてください。ただし、刀の柄はアルコールでの消毒はしないでください。アルコールの含まれていない清潔なウェットティッシュなどで、こまめに拭くとよいでしょう。

8)平素から免疫を高める生活を心がけてください。過労、ストレス、睡眠不足、深酒、栄養不足、過食、房事過多に注意すること。「無事之名馬」です。

9)上記の感染症対策は、「自分が罹らないため」はもちろん、「周りの“誰か”にうつさないため」のものです。万が一、「自分は罹ってもかまわない」と考えている人がいたとしても、罹りたくない人にうつさないために、必ず遵守してください。


「人を守ってこそ、自分も守れる。己のことばかり考えるやつは、己をも滅ぼすやつだ!」(島田勘兵衛)



 なお、6月13日(土)の再開予定日前に再び状況が悪化した場合、直前で再開を延期することも考えられます。その際は、メールにてお知らせします。

 また、今回の稽古再開以降も、県内や首都圏で大規模なクラスターが発生したり、庵主が危険と判断した場合は再び稽古を自粛します。

 場合によっては向こう数年の間、このように自粛と再開を何度も繰り返すかもしれません。

 だとしても、私たちは粛々と、できる稽古を続けていくのみです。

 まずはつつがなく、2週間後に稽古が再開できることを祈りましょう。

DSC_9317.jpg


 武術伝習所 翠月庵
 春燕軒 謹識

(了)
スポンサーサイト



幹と枝と/(武術・武道)

2020年 05月28日 10:55 (木)

 昨夜の稽古では久しぶりに、神道無念流の立居合を抜いた。

 当庵で伝承・稽古している神道無念流の立居合は八戸藩伝のもので、現在、ご当地である八戸市では無形文化財に指定されているとか。

 八戸藩伝は、逆袈裟の抜き付けと袈裟斬りの二の太刀いずれもダイナミックな運刀で、独特の「なやし」やそこから袈裟斬りに繋げる特有の手之内、撞木足や一足立ちなど古流ならではの体の使い方も特徴的だ。

 他系統の神道無念流立居合十二剣と比較すると、たいへんに独自色の強いものである。

1805_神道無念流立居合
▲翠月庵門人による、八戸藩伝神道無念流立居合十二剣の演武。神道無念流ならではの八相の構えが特徴的



 私の武道修行は、柳剛流がすべての土台であり、大きな幹である。

 加えて、柴真揚流と柳生心眼流を太い枝と考えている。

 ゆえに日々の稽古では、この三流の稽古が中心となる。

 基本的に稽古は1年365日、毎日行うように心がけているのだが、生業やらなにやらのよしなしごとで、稽古ができない日も月に10日くらいある。

 このため実働稽古日数は、平均すると月に20日、年間で240日くらいだ。

 それでも、柳剛流・柴真揚流・柳生心眼流の三つの流儀について、すべての「形」を形骸化させずに武術として通用する「業」とし、その「業」をさらに高度な「術」にまで止揚するというのは至難の業であり、まことに厳しい道のりである。

「いち流派ですら極めるのが困難であるにも関わらず、三流も稽古するとはなにごとか!」

 と、先達の皆さまのお叱りの声が聞こえてきそうであり、またその通り、ご説ごもっともなわけだが、失われゆく伝統武道をひとつでも多く、後世に受け継いでいきたいという想いも、多としていただければありがたい。



 しかし、実際のところ日常の稽古では、柳剛流、柴真揚流、柳生心眼流の三流を磨くだけで、私程度の凡人のキャパシティではいっぱいいっぱいだ。

 この三流に加えて、さらに師より伝授していただいた神道無念流の立居合や荒木流の居合、その他の諸術は、なかなか十分に稽古ができているとは言い難い。

 一応、1週間のうち1日は、柳剛流・柴真揚流・柳生心眼流以外の諸流の稽古日としているのだが、この程度ではとうてい十分な稽古量とは言えまい。

 それどころか、この週に1回の諸流の稽古日を、柳剛流や柴真揚流、柳生心眼流の稽古の補足に当ててしまうことも、少なくないのである・・・。

 とはいえ神道無念流の立居合も、荒木流の居合も、あるいは警視流の立居合にしても、師から伝授された大切な流儀ゆえ、私自身が可能な限りそれらの「業」を磨き、一人でも多くの門人に伝え、後世に残していきたいものだと思う。

 ま、明日の朝、20年来の親の仇と真剣で立ち合うというわけではないのだから、自分なりのペースで、じっくりと取り組んでいくしかあるまいね。

 ああ・・・、手裏剣も打っとかなきゃなあ(苦笑)。

(了)

改題/(身辺雑記)

2020年 05月27日 00:42 (水)

 2008年から12年間にわたって、このブログのタイトルを「新・流れ武芸者のつぶやき」としてきた。

 しかし、どうもここ数年、このタイトルが「居着いて」いるようで、なんとなくしっくりこないなあと感じていた。

 そんななか、ちょうどコロナの緊急事態宣言も解除されたことだし、ちょっといろいろあって気分を一新したいこともあり、今日から思い切って本ブログのタイトルを変えてみた次第。

 ま、私のブログのタイトルが変わろうが変わるまいが、世の中の大勢には影響はないので、ほんの気まぐれである。

 場合によっては、また元に戻すかもしれません(苦笑)。



 ちなみに、新タイトルの「一〇心」(いちまるこころ)とは、柳剛流の極意秘伝であり、究極の心法である。

 昨年夏、宮城県最後の柳剛流伝承者である佐藤正敏先生にお話しを伺った際、

「柳剛流は、一〇心だよ」

 とおっしゃっていたことが、今も私の心に深く、そして強く残っている・・・。

1909_柳剛流_一〇心

(了)

新しい武道の稽古様式/(武術・武道)

2020年 05月26日 08:52 (火)

 首都圏1都3県の、新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が、昨夜解除された。

 まだ、県境を越えた不要不急の移動や、スポーツジムなどの営業再開は自粛が求められているものの、ひとまずは、めでたい。

 が、しかし、だからといってCOVID-19という致死率の高いウイルスがこの世から消えたわけではないし、有効なワクチンの開発が成功し、量産化が軌道に乗ったわけでもない。

 さらに、最新の検査によると、日本国内におけるCOVID-19の市中感染の陽性率は、わずか0.6%。

 つまり日本人については、100人のうち99.4人がいまだ未感染ということであり、「集団免疫」の獲得などは、まだはるか先の話である。

 ゆえに、緊急事態宣言解除後も再び感染のクラスターが発生することは確実であり、また今年の秋以降には、中国発の第一波、欧州発の第二波に続く、第三波の流行が始まることは間違いないだろう。

 そしてまた、この未知のウイルス感染症は、感染後、どのような身体的影響を人体に与えるのかが、まだ詳らかになっていない。

 一説には、症状の寛解後も、血管や臓器に深刻な後遺症を残す症例も報告されている。

 こうした点を考えても、ワクチンができるまでは、できるだけ罹らない方が良いということだ。

 自分と周囲の人の、生命の安全を願うのであれば・・・。



 そんな中、COVID-19に対して有効なワクチンが開発・量産化され、広く接種が行われることで集団免疫が獲得されるまでは、感染症対策に基づいた「新しい生活様式」が求められる。

 当然ながら、武道という身体文化においても同様に、当面の間、新しい様式が求められるというわけだ。

 その上で、6月以降に予定している翠月庵の定例稽古再開を考えると、いろいろと心悩ましい。

 なにしろ武道の稽古というのは、そのほとんどが典型的な濃厚接触である。

 また最新の研究で、COVID-19は感染者の口腔内に非常に多く存在し、ウイルスを含んだ唾液の飛沫によって付着・感染するケースが多いことが分かってきた。

 となると、相手の胸倉をつかんで「ヤー!」などと大声で掛け声をかける、つまり唾液を相手の顔面にまき散らすことから始まる古流柔術の相対稽古などは、到底、推奨できない。

 同様に、剣を斬りむすびながら「トー!」などと大声で掛け声をかける、つまり唾液を相手の顔面にまき散らすことの多い剣術の組太刀も、やはり推奨できないわけだ。

(唾液の飛沫は軽い咳でも約1m飛散するので、剣術の間合いでも、掛け声をかければ容易に感染するであろう)

 一方で唾液の飛沫については、医療用のマスクはもちろん、一般向けの不織布マスク、あるいは布マスクでも、かなり防ぐことができる。

 ま、あの不衛生で、サイズが合わないために鼻や口がすぐに露出してしまう、悪名高い「アベノマスク」では無理だけどな・・・(笑)。

 つまり、ウイルスそのものは、医療用マスク以外のマスクの繊維を容易に透過してしまうのだが、唾液は医療用以外のマスクでも十分に防御できるので、とくにCOVID-19については、口腔内の唾液に包まれた形で飛散するケースが多いということもあり、マスクによる感染予防効果はけして低くないといえよう。

 となると、さすがに乱取りや地稽古は難しいだろうが、一般的な古武道の形稽古等については、柔術でも剣術でもマスクを着用した上であれば、ある程度実施可能ではないか・・・?

 などと、思案しているところである。

 フェイスシールドについては、剣術の組太刀では使用可能であり、しかも感染予防効果も高いが(マスクでは眼球への飛沫の付着を防げないが、ファイスシールドでは可能)、柔術では身体接触の特性上、いささか使いづらいであろうと思われる。

 また三密(という言葉は、そもそも密教用語であり、感染症対策の言葉としては、かなり違和感があるのだが・・・)対策という点では、幸か不幸か、当庵は野天稽古場なので、稽古者同士のソーシャルディスタンスを維持すれば、それを避けることは容易だ。

 加えて、稽古前と稽古後、また稽古途中での頻回な手指消毒あるいは手洗いも、確実に行わなければなるまい。

 同様に、使用する武具の消毒、衛生管理は言うまでもない。

 さらに稽古に参加するための大前提として、

・稽古参加者各人の、自主的な健康管理
・体調不良や発熱のある者は、絶対に稽古に参加しない
・稽古に参加する日は必ず体温を測り、発熱の有無を確認する
・公共交通機関を使った稽古場への移動では、必ずマスクを着用し、混雑を避ける

 などの行動をとるよう、門人への指導を徹底することが重要だろう。



 いずれにしても、このように新しい生活様式に即した、

「新しい武道の稽古様式」

 を、我々武道の指導に当たる者は、科学的・医学的なエビデンスに基づいて検討し、実施していくことが強く求められる。

 逆に言えば、それができないのであれば、安易な稽古の再開は厳に慎むべきであろう。

 こうした課題や問題点を念頭に、医療関係者の助言なども受けながら、6月以降の定例稽古再開の準備を進めていこうと思う。

戦機


「私は、砂漠が困難な戦場であるのは心得ている。物資の限界も、風向きの不安定な味方のことも知っている。それでも、もし50回作戦行動が阻止されたら、目標に向かって51回目の行動を起こすだろう」(エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル独陸軍元帥)

 (了)

一服/(身辺雑記)

2020年 05月23日 23:28 (土)

1906_茶碗

 稽古後、一服す。

 本日は、柳剛流剣術の打太刀について、思うところあり。

 また、備之伝とフセギ秘伝について、木太刀を手に鏡に映る己を相手とし、じっくりと向き合った。

 稽古後半は、柴真揚流柔術の表早業立合投捨、「馬手捕」と「弓手捕」の運足と崩し、そして拳での当身について、ボクシングのバックステップとの関係で個人的な考察を加えながら、当身台への打ち込み稽古を行った。



 さて、いよいよ翠月庵の再開も近いようだ。

 コロナ禍の影響で生業の稼ぎが激減し、暮らしはひっ迫の度合いを強める一方なのだが、それでも遠からず定例稽古が再開できるであろう希望が見えてきたことは、ひとりの武道人として、実にうれしいものだ。

 なにはともあれ、来週早々と言われる首都圏1都3県の、緊急事態宣言解除の報せを待つとしよう。


「牢人の難儀はその数々に候と雖も、少しは楽しみも御座候」(山上宗二)

(了)

鉄扇術の「鉄砲捕」/(古流柔術)

2020年 05月20日 18:19 (水)

 昨夜は久しぶりに、鉄扇術の形をおさらいした。

 個人的に鉄扇という武具には、なにか不思議な魅力を感じる。

 同じ短い棒状の武具・武技でも、十手や短棒、鼻捻といったものについては特別な感慨は無く、

「ああ、そうですか・・・」

 という感じなのだけれど、どういうわけか鉄扇となると、

「鉄扇っ!!!!」

 と、俄然、興味とモチベーションが高まるのである。

 我ながら、実に不思議だ。

 ま、嗜好というのは、そういうものなのだろう。

2005_鉄扇
▲鉄扇と木扇いろいろ。下から、甲陽水月流の稽古用木扇(手抜き紐付き)、真ん中の2本は日常差し用の八寸の鉄扇、上は黒檀の舞扇型木扇



 私の鉄扇術は、師より直接御指導いただいた国際水月塾武術協会制定の日本柔術(甲陽水月流)に含まれるものである。

 形は「蔓絡捕」、「魔王返」、「鉄砲捕」、「木葉返」、「鉢砕捕」の全5本で、古流柔術や剣術(小太刀)にある程度習熟した者であれば、いずれも比較的容易に習得できる技法群となっている。

 私はこの中でも、特に「鉄砲捕」という形=業がお気に入りだ。

 実にシンプルな業である。

 しかし、技を掛けられると一瞬で取り押さえられてしまい、おまけにたいへんに痛い。

 実に、骨に染み入る痛さである(苦笑)。

 鉄扇(木扇)の形状を活かし、一瞬で流れるようにかける、この「鉄砲捕」という形=業は、ある種の芸術性すら感じさせる。

 具体的にどのような形=業なのか気になるという人は、師の著作である『図説 武器術』(新紀元社)に掲載されているので、ぜひ参照されたし。

2005_鉄砲捕
▲『図説 武器術』(小佐野淳師著/新紀元社)より、鉄扇による「鉄砲捕」



 ただしこの業は、図解を見るだけでは、その魅力が十分に伝わらないのではないかと思う。

 直伝で実際に技を掛けられ、また自分が掛けることで、

「なるほど! こんなにシンプルで、しかも鉄扇という武具ならではの特性を生かして、これほど強烈に掛かるのか・・・」

 と実感できる。

 武道においては、百聞は一見に如かず、さらに一見は一触に如かずということだ。

(了)

KGBとのタタカイ/(昔話)

2020年 05月19日 11:31 (火)

 1980年代後半、学校を出て最初に就職したのは警備会社だった。

 セコムか綜警か迷ったのだが、なんだかセコムの方がチャラい感じがしたので(爆)、綜合警備保障(最近は、アルソックとも呼びますな)に入社した。

 警備業を選んだのは、武道の腕が活かせるのではないかと考えたのと、将来、在外公館の警備官になれたらいいなあ・・・などと漠然と思っていたからである。

 入社後、自衛隊のレンジャー上がりの教官に「野鳥の精神」(綜警のモットー)を叩き込まれ、辛くキビシイ研修期間を終えて配属されたのは、某大手電機機器メーカー工場の施設警備隊であった。

 いわゆる、常駐警備である。

 常駐警備などというとなにやらものものしいが、ようは「守衛さん」だ。

 法律的には、常駐警備と守衛はいろいろと異なるのだけれど、実体は似たようなもんである。

 昼間は来客の受付、夜は工場の見回り、そして24時間勤務の終わりに警備日報をまとめ、工場の総務担当に提出する。

 日報に記載されるのは、

「〇月×日 灰皿未処理△件、〇〇工場・窓施錠未処理×件」

 といった、のどかな内容ばかり。

 事件も事故も起きない、血気盛んな若者にとっては単調で退屈な仕事であった。



 そんなある日、東京の本社からの緊急通達ということで、

「ソ連KGB関係者が、国内の電機機器メーカーを対象に、産業スパイ活動を活発化させているとのことなので、警戒を厳にせよ」

 とかいう連絡があった。

(平成生まれの皆さんはご存じないかもしれませんが、昔むかしソビエト連邦(ソ連)という国がありましてな。米国やその属国である日本と対立していたのですよ。KGBというのは、そのソ連の情報機関、ようするにスパイというやつですわ)

 しかし、地方の工場を警備しているのんきな守衛さんたちに、KGBの産業スパイを相手に「警戒を厳にせよ」とか言われてもどうしようもない。

 なにしろKGBといえば、刀身を射出できる特殊武器のスペツナズ・ナイフとか、消音装置付きのトカレフとか、放射性物質入りの暗殺用注射器とか持ってるってんデスよ!

 ・・・ツゲ・ヒサヨシ大尉とか、ノビー・オチアイ先生の話によれば。

 一方で我々は、一発殴るだけですぐに曲がってしまうので、

「侵入盗などとの遭遇が予期される場合は、必ず旧来の木製警棒に持ち替えるように」

 と言われるほどチャチな、スチール製のノーベル社謹製特殊警棒しか持っていない、田舎の守衛さんなわけです。

「いったい、どうすればいいというのか・・・」

 と、まだクチバシの黄色かった私は、結構真剣に悩んだ。

2005_ドルフ・ラングレン
▲真夜中の工場内で、スペツナズ・ナイフやトカレフや放射性物質入りの注射器を持った、ドルフ・ラングレンのようなKGBのスパイが、鬼の形相で襲ってくる・・・(想像図)



 そこで警備隊のS隊長に話を聞くと、

「ま、何かあったら、110番するしかないだろう」

 と、身も蓋もない答えが・・・。

 とはいえ、スマホはおろかガラケーさえ存在しない時代である。

 真夜中の巨大工場内で一人で巡回中に、スペツナズ・ナイフやトカレフや放射性物質入りの注射器を持ったドルフ・ラングレンのようなKGBのスパイに遭遇して追っかけられたら?

 どう考えても電話のあるところまでたどり着き、受話器を取って110番にかけるまで、無事に生きながらえる自信はない。

 というか、そもそも110番に電話して、

「今、KGBのスパイに襲われて、殺されそうなんです! 助けてください!!」

 とか言っても、多分、本気にしてくれないだろうよ。

 ・・・とまあ、今考えると昭和~平成初期というのは、頭のおかしな、ある意味でバカげた、能天気な時代だったなあと、しみじみ思う(笑)。



 結局、我々T電機警備隊が、ドルフ・ラングレンのようなKGBの凄腕エージェントと遭遇するような事案は発生せず、その後も引き続き守衛さんとしての退屈で単調な時が流れ、私は3年後に会社を退職。

 勇躍、アラスカ・ユーコン河へのひとり旅に向かうのだが、それはまた別のお話だ。

 この警備員時代のKGB騒動は、今でも時々夢にみてうなされる、20世紀も終わり近くの、オソロシクもバカバカしい思い出である(苦笑)。

2005_警備員時代
▲警備隊着任1年目。我ながら、凛々しく初々しい。それが30数年後、ただのだらしない売文稼業の酔っ払いになってしまうとは、神のみぞ知る未来予想図・・・

(おしまい)

柳剛流居合の真面目/(柳剛流)

2020年 05月18日 10:36 (月)

 土曜そして日曜は、集中して柳剛流居合の稽古。

 5本ある柳剛流居合のうち、特に「向一文字」と「切上」を徹底的に抜いた。

 腰の痛みがなかなか回復しないので、ウォーミングアップの筋トレは省き、まずエアロバイクを30分ほどこいでから、長尺刀で居合を遣う。

 3か月に渡る自粛生活の中、拙宅での稽古は柳剛流居合を中心としてきたので、我が家の一畳稽古場でも、跳び違いながら二尺八寸八分の差料をビュンビュン抜けるようになった(笑)。

 ・・・・・・と調子に乗っていたら、日曜夜の稽古では跳び違いの際に切先で膝を刺してしまい、少々出血。

 稽古用の長尺刀は模造刀なので、幸い傷はごく浅かったのだが、跳び違う際に切先に膝蹴りをするようにして膝を当ててしまったため、打撲傷的な痛みが意外に大きい。

 これが真剣だったら、かなり深く突き刺してしまっていたであろう。

 まさに、油断大敵。

 今更ながら、己の未熟さを痛感した次第。

1810_柳剛流居合_演武1
▲柳剛流居合における、座位での跳び違いながらの受け流し。昨日はこの時、刀を手元に引きすぎて、跳び違いながら体をさばく際に、切先に膝を当ててしまった。我、未熟なり・・・



 以前にも書いたかもしれないが、柳剛流の居合は全5本だが、これらをさらに理合の根源から収れんさせると、1本目の「向一文字」と5本目の「切上」、この2つが真面目(しんめんもく)となる。

 「向一文字」は柳剛流居合のすべての原型であり、鍛錬形として「跳斬之術」に必要な強じんな下半身の力を養成する。

 また、跳び違いながら斬るための、運刀と体捌きの拍子の一致も、この形を繰り返すことで養われる。

 つまりこの「向一文字」の形は、「断脚之術」とならぶ柳剛流の核心的技法である「跳斬之術」を錬るために、絶対に欠かすことのできない最も重要な鍛錬形なのだ。

 一方で「切上」は、即応性に富んだ、きわめてシンプルな実践技であるといえよう。

 この2つの形以外の3本、「右行」、「左行」、「後詰」は、いずれも1本目「向一文字」の応用変化に過ぎない。

 流祖・岡田惣右衛門が、総合武術としての柳剛流という体系を纏める際に、なぜ居合をわずか5本、突き詰めれば実質的にはわずか2本でよしとしたのか?

 この「流祖の思想」に、我々、令和の修行人は遡行しなければならない。

 膝に絆創膏を張って、さらに居合の稽古を続けながら、そんなことに想いを致した日曜の夜。

 (了)

当身の鍛錬/(古流柔術)

2020年 05月15日 12:57 (金)

 昨夜は柴真揚流の稽古。

 柔術表早業の居捕と立合投捨、合計32手を丁寧におさらいする。

 稽古のシメは、いつものごとく当身台への打ち込み。

 まずは正座した状態から、居捕の形の動きに則って「左巴」と「右巴」の蹴足、「片胸捕」や「両胸捕」での電光への拳当て、また「巌岩」や「横車」での水月への拳当てなどの打ち込みを反復。

 次いで立合投捨の形から「馬手捕」や「弓手捕」での電光や雁下への拳当て、「巌岩落」での頭突き、「小手返」での肘当てをくり返す。

 以上の当身の稽古は、いずれも畳にウレタンマットを重ねた当身台への打ち込みである。

 ここで注意したいのは、柔(やわら)の当身の稽古では、畳を当身台として使う場合、必ず畳の上にウレタンマットなどを重ねて、打突面にある程度の柔らかさを持たせることだ。

 ご案内の通り、柔の当身は多くの場合、空手道の正拳のように拳の拳頭(第三関節基部)、あるいはボクシングのようにナックルパート(拳の第二関節と第三関節の間の平面)を当てるのではなく、握り込んだ拳の第二関節部分を当てる。

 柴真揚流でも、それは同様である。

2004_柴真揚流_拳
▲柴真揚流で用いる、親指を握り込んだ形の拳。指の第二関節部分を当てる



 あるいはその他の流派でも、空手道やボクシングのように拳頭やナックルパートを当てるということはなく、柔における拳の当身のほとんどは、指の関節部で当てるものだ。

2004_柳生心眼流_星彦十郎系_その他古流柔術諸派_拳
▲星彦十郎系の柳生心眼流や竹内流など、柔術諸派でよく見られる、人差し指と中指の第二関節部で当てる拳



 ちょっと変わったものとしては、私が若い時分に旧師から学んだM流には、親指の第一関節、人差し指と中指の第二関節と、3点で当てる独特の拳での当身もあった。

2004_T流_拳
▲親指の第一関節、人差し指と中指の第二関節と、3点で当てる独特の拳。他流ではあまり聞いたことがない。拳の3点を同時に当てるために、打ち込み方や使い方に独特の工夫がある



 こうした柔術の拳形で打ち込み稽古をする場合、ウレタンマットなどを張らない素のままの畳では表面の弾力性が乏しく、しかも打突面が平らなため、拳の形の性質上、当て心地があまりよろしくない。

 そもそも柔の当身の鍛錬は、空手道の正拳のように拳を固めて武器化することを意図していないので、当身台の打突面が固い必要はない。

 衝撃力で対象物を破壊するのではなく、電撃的な打突で急所を打ち、相手の抵抗力を奪うことを主な目的としている柔術拳法での当身の威力を錬るには、ある程度の柔らかさを持った打突面を持つ当身台の方が、より良いのである。

 そこでは、

・当身の当て心地を知る事
・威力の乗せ方を体感的に覚えること
・意識せずとも正確な打突位置(急所)を打撃する習慣を身につけること

 などが、主な目的となる。

200312_柴真揚流_当身1
▲水月、雁下、電光など、「殺」の位置に無意識でも正確に当てられるように、当身台への打突を繰り返す。当て心地や威力の乗せ方を知るために、当身台の打突面にはウレタンマットを張り付けるなどして、ある程度の弾力性を持たせることが重要だ 



 柴真揚流では、下段の蹴当てを多用するため、それ用の当身鍛錬具も工夫している。

 上記のような畳の当身台の下段部分へ蹴込を繰り返すのはもちろん、45×40×30センチの段ボールに古新聞を入れて重しとしたものを、下段蹴込専用の当身鍛錬具として使っている。

 畳の当身台と違い、この段ボール製蹴込鍛錬具は置く位置を自由に変えられるので、形の動きに合わせた位置にその都度置いて、蹴込を当てることができるのがいい。

 そして何よりコストパフォーマンスが高く、壊れたらすぐに捨てて(段ボールも新聞紙・古雑誌も、資源ごみに出せるのでエコである)、新しく作り直せることも魅力だ(笑)。

 この蹴込鍛錬具も、蹴足の威力(打撃力)を養成するのではなく、物体への当て心地や威力の加え具合(当身は身の内一・二寸)を体得することが大きな目的だ。

2005_柴真揚流_当身
▲柴真揚流の蹴足稽古用段ボール。中に古新聞や雑誌などを入れて、蹴りで吹っ飛ばないように重みをもたせている。また蹴足を当てる部分には、タオルなど古布を内側に入れて、弾力性を持たせている



 こうした一人稽古での当身の鍛錬を普段から十分に行った上で、形の相対稽古でも上位者が受を取る場合には、取はある程度の威力で実際に当身を入れ、さらに適宜、防具を付けて十分に威力を乗せた当身を加える稽古もしなければならない。

 特に、これは古流柔術だけでなく、空手道の稽古や指導も含めた経験上実感していることなのだが、初心者は精神的な抑制がかかることもあり、実際に本物の人体へ、全力で打撃を打ち込むことが意外にできない。

 「当てていいよ」と言われても、無意識のうちに手加減をしたり、力を抜いてしまうのである。

(ただし、精神に異常をきたしている者や生来粗暴な暴力的性癖の強い者、弟子・生徒として教えを受ける立場ではなく何らかの害意を持っている者や、指導者を試してやろうと思っている者などは、武道初心者であってもこの限りではない)

 だからこそ初学の者に対しては、上記のような段階的な稽古を適切に積み重ねながら、実際に人体に対して、

「適切な当身」

 が加えられるよう、指導していくことが重要だ。

 また中級以上の者に対しては、実際の闘争では形の想定通りに当身を入れることは非常に難しい(相手は自由に動き、反撃してくる)ということも、十分に認識させておく必要がある。

 この点の意識づけをおざなりにすると、妄想を肥大化させただけの、武術の本質とはかけ離れた表面的な「形名人」を育てることになってしまうので、指導する者は十分な注意が必要だ。

 (了)

乳根木/(柳剛流)

2020年 05月14日 06:18 (木)

 日中、柳剛流突杖の手控えについて見直しをしていたことから、今晩の稽古は突杖を遣う。

 といっても、実は晩酌をしてそのまま夜10時前に寝てしまい、つけっぱなしのラジオから流れる『ラジオ深夜便』の演歌特集で3時すぎに目覚め、それからいそいそと稽古着に着替えてからの稽古なので、厳密には今晩ではなく「今朝」だ。

 それにしても、大川栄策の『さざんかの宿』で目覚める、二日酔い50歳独身のオッサンというのは、我ながらちょっと、いかがなものかと思う。

 どうせなら、薬師丸ひろ子の『あなたを・もっと・知りたくて』あたりで目覚めたいものだ。



 柳剛流の杖術である「突杖」は、仙台藩角田伝では「三尺棒」とも呼ばれ、紀州藩田丸伝では「ステッキ術」とも称している。

 しかし実際には、ぴったり三尺(約91cm)の長さでは、「抜留」という形の技が成立しづらいため、もう少し長い寸法の杖が使われていたのではないかと思われる。

 「思われる」と、あいまいな物言いなのは、まことに残念なことに角田伝では、杖の寸法が明確に伝承されていないからだ。

 このため翠月庵では、

1.親流儀である三和無敵流の突杖術で使う杖の寸法が、いわゆる「乳切」であること。
2.柳剛流深井派に伝わる口承によれば、剣三世の深井源次郎は常に三尺ほどの木刀を杖として携帯し、眠るときにも肌身から離さなかったという。

 などの点を勘案し、

「杖の寸法は各人の乳切の長さで、より『三尺棒』に近くなるよう短めに」

 としている。

 さらに、柳剛流突杖で使う杖の長さが「乳切」サイズであったろうということは、たとえば房州に伝わった古川貢伝の柳剛流の伝書では、突杖を「乳根木」と称していることからも、強く推察される。



 早朝の清々しい空気の中で、「ハジキ」、「ハズシ」、「右留」、「左留」、「抜留」と、計5本のシンプルな形を打つ。

 「突く杖」という名前の通り、柳剛流突杖の技は、その極めのすべてが突きである。

 このため、柳剛流と天神真楊流を合わせた分派である中山柳剛流では、これを「突之刀法」と称した。

 杖の術なのに、なぜ「刀法」としたのか?

 この点はたいへんに意味深長であり、個人的に思うところもあるが、まだ調査や検証が十分ではないので、ここに記すことはまだ控えておこう。

 いずれにしても、柳剛流突杖の技=業はすべて太刀合(対剣術)であり、その技法は弾く、外す、かき落とす、巻き落とす、抑える、突くと実に素朴で、運足や体捌きもシンプルだ。

1806_柳剛流_突杖
▲柳剛流突杖



 ところで、いわゆる「創作古流」や「現代古武術」(そもそも、『創作』『古流』、『現代』『古武術』というのは、日本語として破綻している)の形や演武を見ていると、一部で杖や薙刀、鎗などをやたらとくるくる回して使う人たちが目につくのだが、武術としていかがなものかと思う。

 あと、納刀のときに大見得を切るように、何回もくるくる刀を回してから鞘に納めるのとか。

 これらは、棒の手とか芝居の殺陣、あるいはバトントワリングやカラーガードなんかの影響なのだろうか。

 いずれにしても、ああいった武術における「くるくる回すパフォーマンス」を見る度に、

「くるくる回している時に、スっと踏み込んでドンと突けば、それで終わりじゃんねえ」

 と思ってしまう私は、未だココロの修行が足りてないのだろう・・・。

 ま、武芸の形の動作というのは、一見無意味に見えるがそれが隠された技の動きであったり、あるいは無駄に思える動作が実は鍛錬のためであったりもするので、私とて、杖や薙刀や鎗をくるくる回すことを、全面的に否定するつもりはない。

 きっと何か、部外者にはうかがい知ることのできない、大切な意味があるのだろう・・・、多分。



 杖の専門流儀である神道無想流に、


「突けば槍払えば薙刀打てば太刀 杖はかくにも外れざりけり」



 という武道歌がある通り、杖というのはその形状のシンプルさゆえに、多様な使い方が可能になる。

 柳剛流でも、剣術や居合、長刀(なぎなた)は、いずれもすべて「術」として精緻に構築・完成されており、私たち修行者がある種の「工夫伝」として応用的な解釈をする余地が少ないのに対し、突杖についてはその応用解釈の幅が非常に広く感じられるのだ。

 たとえば、本来太刀合である突杖の業は、容易に素手対素手の体術技法に転換できる。

 また、対徒手の杖術として応用することも簡単であり、あるいは形で示された技の極め以降に様々な技をつなげることもしやすい。

 こうした応用や展開の容易さゆえに、特に杖は、よくある「創作古流」や「現代古武術」の動きのような、


「くるくる回す派手な動作=華法を是とする非武術的な挙動」


 に陥りやすいのかもしれない。

 他人事ながら、こういうある種の武術的「魔境」に陥っている人たちを見ていると、


「墨守すべき流祖伝来の形=業=術という規矩がある」


 ということは、本当にありがたいことだと思う。

 これこそが、古流武術=伝統武道の真面目なのだなあと、しみじみ実感する次第。


「寒き冬に雷遠聞へき心地こそ 敵に逢ての勝を取べし」
(柳剛流剣術目録巻 武道歌)


 (了)

検察庁法改正に抗議します/(時評)

2020年 05月13日 09:00 (水)

 今回の検察庁法正の問題点は、

「内閣の裁量で63歳の役職定年の延長、65歳以降の勤務延長を行い、検察官人事に強く介入できる」

 ということ。

 つまり、内閣による検察の私物化だ。

「改めて検察庁法の一部改正に反対する会長声明」(日本弁護士連合会)
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2020/200511.html



 ところがネットでは、この問題について、

「今回の改正は単なる公務員の定年延長のため」

 といったミスリードを繰り返し、問題を矮小化しようとする、現政権の手先のような人々がいる。

 それどころか、勇気を出して発言をした若い芸能人に対し、大量のいわゆる「クソリプ」を送ってSNS上の発言を削除させ、自由な言論・表現の自由を攻撃する者さえいる。

 このように他者の異論を許さず、言論の自由や表現の自由を棄損させ、あまつさえ人としての優しさや思いやり、武人の言葉で言えば「惻隠の心」が欠如した者たちに、強い憤りを感じるのは私だけではあるまい。



 権力者とその取り巻きたちに、検察の持つ捜査権や逮捕権を私物化させ、結果として民主主義の根幹となる国民主権を侵す蓋然性の高い今回の検察庁法改正は、絶対に看過することはできない。

 私も検察庁法改正に、強く抗議する。

 また、すべての国民にとって「政治」は生活のために不可分な領域である以上、芸能人だろうが武道人だろうが、大人でも子どもでも、有名人も無名の市民も、誰もが政治について自由に発言する権利が守られなければならない。

 ゆえに、権力者に不都合な発言を、有形無形の暴力(SNS上の言葉も、時に「暴力」となる)で弾圧しようとするネトウヨと呼ばれる者たちには、猛烈な嫌悪感を表明しておく。

 人として、恥を知れと思う。

2005_山田五十鈴

「貧乏を憎み、誰でもまじめに働きさえすれば、幸福になれる世の中を願うことがアカだというのなら、私は生まれたときからアカもアカ、目がさめるような真紅です」(昭和の大女優・山田五十鈴の言葉)

 (了)

業の「原液」/(柳剛流)

2020年 05月12日 06:31 (火)

 数日前から腰を少し痛めてしまったため、ウォーミングアップの筋トレは省略し、その分エアロバイクをいつもよりも倍の時間、1時間ほどこいでから稽古着に着替える。

 そして柳剛流の稽古。

 いささか思うところがあり、今日は剣術と突杖について、伝書や手控え、その他史料などを見直しつつ、形を1本ずつ丁寧に、仕太刀・打太刀双方の動きをおさらいする。

 なおちなみに、仙台藩角田伝の柳剛流では、正式には仕太刀を「利」、打太刀を「打」という。

 それにしても、伝統武道(古流武術)という身体文化の伝承の難しさを、いまさらながら実感する。

 武道の「形」は、代々続く確実な伝系、師より伝えられる実技と口伝、伝書や累代修行人の形の手控え等があっても、それが人と人を介して伝えられる「無形の身体文化」である以上、代を経るごとの動作の変容という問題から逃れることができない。

 流祖伝来の形を真摯に鍛錬し、師よりの口伝や流儀に関する伝書・手控えなどに向き合えば向き合うほど、修行人はこうした問題に直面する。



 当然ながら、私たちが志すものが「伝統武道」である以上、意図的な形の改変は絶対にしてはならない。

 しかし一方で、武道が無形の身体文化である以上、代々の伝承者や修行人一人ひとりの体格やクセ、武術的志向の違い、伝承上の勘違いなど様々な要因により、


「意図せずに形=業が変容してしまう」


 という相克からは逃れえない。

 だからこそ重要なことは、流祖が「形」として結実させた術の根本、その核となるもの、いわば業の「原液」のようなものが、その形を通じて確かに受け継がれているかということだ。

 変容する宿命を負った、無形の身体文化たらざるを得ない伝統武道を志す私たちは、この、

 業の「原液」


 というエッセンスにすがるよりほかないのだ。



 そんなことをつらつらと考えながら、柳剛流剣術そして突杖の形をおさらいした後、木太刀を手に執りながら、目録の口伝にある各種の技を再検討した。

 柳剛流では目録の段階で伝えられる口伝に、

・小刀伝
・二刀伝
・鎗長刀入伝

 がある。

 これらはいわゆる武道の「形」ではなく、

「こういう場合は、このようにしなさいね」

 という、言葉による教え=口伝だ。

 小刀伝は、小太刀を遣う際のコツと、相手が小太刀の場合の対処法の教えである。

 同様に、二刀伝や鎗長刀入伝についても、それぞれの遣い方のコツと、相手がそれらの武具を使っている場合の対処法を教える。

 ここで大切なことは、これらの口伝を単なる知識にするのではなく、「活きた技」として遣えるように、修行人自身が稽古・工夫をすることだ。

 残念なことに、今年はコロナ禍によってほとんどすべての稽古予定が狂ってしまったのだが、昨年末に掲げた、これら柳剛流の目録で伝授される各種口伝の技化という課題は、来年以降も継続していきたいと思う。

160121_図版
▲金子愛蔵著『武道教育 剣道二百二拾本勝太刀之法』(1904年)より、対二刀の勝口。柳剛流の二刀伝とも共通する理合があり興味深い

 (了)

現代に伝える“守刀”の饗宴 「お守り刀展覧会」の歩み/(身辺雑記)

2020年 05月11日 10:49 (月)

2005_週刊日本刀


 明日5月12日(火曜)発売の週刊日本刀第50号にて、「花嫁の胸を飾り、子の息災を祈る 現代に伝える“守刀”の饗宴 『お守り刀展覧会』の歩み」という記事を取材・執筆しました。

 今回の取材では、全日本刀匠会の元会長である三上高慶(貞直)刀匠に、約2時間にわたってインタビューを実施。

 記事に盛り込んだ内容以外にも、現代における日本刀作りのご苦労など、興味深いお話をたっぷりと伺うことができたのは、記者稼業の役得というものですね(笑)。
 
 よろしければぜひ、ご笑覧ください。

 (おしまい)

定例稽古再開への出口戦略/(武術・武道)

2020年 05月10日 18:15 (日)

 新型コロナウイルス感染症に対する国の緊急事態宣言が、5月末まで延長された。

 このため翠月庵の定例稽古も、5月末までの中止を決定。

 先日、これについて門人諸氏に通達をした。

 一方、未だ予断は許さないものの、埼玉県および東京都では、毎日の新規感染者数は全体として下り坂の傾向にあり、そろそろ定例稽古再開に向けた出口戦略を練らねばと考えている。



 先のブログでも少し書いたが、定例稽古を再開する絶対条件は、

1.国及び県の緊急事態宣言の解除
2.埼玉・東京・千葉における新規感染者数の十分な抑制

 以上の2点だ。

 2.については、埼玉・東京・千葉の各都県(当庵門人の居住都県)で、1日の新規感染者数がそれぞれで10人以下になることが、ひとつの目安になるかと考えている。

 これについて、

「そもそもPCR検査の数が恣意的に抑制されている以上、1日の新規感染者数そのものに臨床的な意味はない」

 という指摘もあるだろうが、我々のような医療の専門家ではない一市民としては、公表された数字を元に対策を講じるしかないので、しかたあるまいと思う。

 そして、上記2つの絶対条件に加え、「武道の稽古」という特殊性を考えると、さらにいくつかの必要条件がある。

 武道の稽古、特に剣術や柔術などにおいて仕太刀や取と打太刀や受の2人で行う相対稽古では、約2メートルというソーシャルディスタンスを取ることができない。

 また剣術にしても柔術にしても、彼我が顔を突き合わせるほどに接近し、あるいはがっぷり四つに組み合うように接触し、あまつさえその状態で腹の底からの掛け声をかけるのである。

 つまり、武道の相対稽古というのは、感染症対策においては、

「最悪の濃厚接触」

 なのだ。

2002_柳剛流_相合刀
▲柳剛流剣術「相合刀」。このように剣術の組太刀でも、業によっては相当な濃厚接触となる



 このため緊急事態宣言が解除され、新規感染者数が一定程度以下に減ったとしても、おいそれと稽古再開というわけにはいかない。

 そこで、翠月庵での定例稽古を再開した場合も、はじめは居合や立居合、手裏剣術、柳生心眼流の素振二十八ヶ条など、稽古者同士が相対することなく、ソーシャルディスタンスを十分に取ることのできる稽古とすることが望ましい。

 その上で、剣術の組太刀や柔術の形(相対)稽古などについては、私は、全剣連と講道館、この2つの武道団体の新型コロナウイルス感染症対策を注視し、参考にしようと考えている。

 本日時点では、両団体とも原則的に稽古中止を掲げているわけだが、この先両団体がどのように稽古を再開していくのか?

 これが、当庵のような零細稽古場にとっても稽古再開、特に相対稽古実施の可否に関する、分かりやすいメルクマールになるだろう。

 以上の点を勘案し、考えうる状況の中でもっとも楽観的な展開を元に想定すると、


「6月上旬から、まずは柳剛流居合や警視流立居合、柳生心眼流、手裏剣術の稽古などから定例稽古を再開する。その後、全剣連や講道館の対応を参考に、順次、剣術の組太刀や柔術の相対稽古を再開していく」



 という流れが考えられる。

 ま、これはあくまでも、「最も楽観的な展開を元にした想定」であり、状況に応じて、あくまでも自分と門人諸氏およびそのご家族の皆さんの健康と安全を最優先に、稽古再開の時期を決定することに変わりはない。



 ところでちょっと昔、まだ私が空手の試合に出ていたころ。

 他流との交換稽古の際、私は自分より段位が格下のアフリカ系アメリカ人と組手の地稽古をすることになった。

 その際、みっともないことに私は、ヤツの寸止め無用の思い切り蹴り込む上段回し蹴りを受け損ね、奥歯を叩き折られてしまった。

「てめえ、寸止めって申し合わせの地稽古で本気でぶち込みやがって! よし、やってやろうじぇねえか、背刀ぶち込んで、ぶっ●ろしてやる!!」

 と怒髪天を衝いたものの、時すでに遅し。

 無情にも、その後すぐ地稽古の時間が終わってしまい、ヤツへの仕返しをすることができなくなってしまった。

 蹴り得、蹴られ損である。

 稽古後、師範代のT先輩は、私とすれ違いざまにニヤリと笑い、

「ゆ・だ・ん・た・い・て・き♡ いくら相手が申し合わせを守らなかったとはいえ、黒帯が格下の蹴りを受け損なっちゃあダメよ」

 とのたまった。

 おっしゃる通りです。

 その時に折られた左の奥歯は、治してから15年以上が過ぎた今も、焼き鳥の白もつを食べる時に、しんみりと痛む・・・。

 そう、武道もコロナ対策も、何事も油断大敵なのである。

 だからこそ慎重の上にも慎重に、稽古の再開を考えなければなるまい。

 南無八幡大菩薩。

 (了)

柳剛流居合の鍛錬/(柳剛流)

2020年 05月05日 01:12 (火)

 今夜は柳剛流居合を抜く。

 3月以来、2カ月以上にわたる自粛生活での稽古の結果、一畳強のスペースで二尺八寸八分の長尺刀を抜くことにも慣れてきた。

 「向一文字」、「右行」、「左行」、「後詰」、「切上」。

 わずか5本ながら、この流祖・岡田惣右衛門伝来の居合形があればこそ、このまま何年外出自粛が続こうと、柳剛流の一人稽古に困ることはない。

 柳剛流の真面目たる「断脚之術」も「跳斬之術」も、そのすべてのエッセンスと鍛錬のメソッドが、この5つの形に込められているのだ。

 柳剛流の剣を志す人は、この5つの居合形に、全身全霊で取り組まなければならない。

2005_柳剛流_切紙


「敵は剣身をば柳江修行して心せかづに勝を取るべし」
(柳剛流剣術切紙巻 武道歌)


 (了)

家でじっとしてろ!/(身辺雑記)

2020年 05月04日 03:13 (月)

 ゴールデンウイーク改め、ステイホームウイークも後半。

 しかし、埼玉県ではついに新型コロナウイルス陽性者が900人を超え、死者も38名、私が暮らす地域でも10人の感染者が出ている。

 こうしたなか、5月6日までの緊急事態宣言が、月末頃まで延長されるとの見通しだ。

 にもかかわらず、感染症対策と公衆衛生の意識の低い、不道徳事案がいくつも起こっているようだ。

 たとえば、まともな人たちは一生懸命外出を自粛している中、登山禁止中の山に軽装単独で登り、「靴が脱げて」凍傷になってしまい、救助を要請した人がいるという。

 つうかね、一応学生時代は登山部所属で、OBS(日本アウトワードバウンド長野校)のアウトドア・エディケーター・コースを修了した人間として言わせてもらうと、なんで山で靴が脱げて、なくなっちゃうの?

 意味が分からない・・・。

 あるいは、今年は帰省はしちゃダメだと言われているのに、実家に帰ってオトモダチとバーベキューを満喫(!)。しかし、数日前から熱が出ていたので検査をしたらコロナ陽性。実家での待機を要請されたにも関らず、それを無視して高速バスでノコノコ都内に帰宅し、結局、他人に感染させ、あまつさえ家族ぐるみで保健所に嘘をついていたという人たち。

 本当に、意味が分からない・・・。

 こういう「スト破り」みたいな人々の愚行が、結果として感染症流行の早期収束を遅らせ、奮闘する医療の現場を混乱させ、助かるはずだった誰かの大切な命を奪う。

 なぜ、それが理解できないのか?

 ほんと、みんないい歳をした大人なんだから、連休中くらい静かに家でじっとしてろよと、しみじみ思う。

 

 また、外出自粛で家に居ることにより、運動不足を気にする人もいるようだが、知恵と工夫でなんとでもなる。

 家から出なくても、いくらでも運動はできるものだ。

 私は今日も家から一歩も出ずに、畳一畳ちょっとの狭い台所のスペースで、エアロバイクと筋トレと柴真揚流の稽古で合計90分ほどみっちり体を動かし、結構ヘトヘトになったぞ(笑)。

 武道のように、ことさら特別な体の動かし方を知らなくても、そんなに運動がしたいのなら、リビングでフルスクワットを4,000回くらいやればいいのだ。

 あるいは、静かにプランク10分でもいいぞ。

2005_柴真揚流_当身
▲柴真揚流で用いられる、高利足の殺への踵による蹴当。これも単に形の動きとしてさらっと流すのではなく、100回、200回、500回と、全力の当てとして繰り返し蹴り込む動作を反復することで、真に威力のある当身となる。こうした稽古は外に出なくてもできるし、踵での蹴込を左右200~300回もやればけっこうな運動になる。
 空蹴りに慣れたら、座布団などを丸めたものを実際に踏み当てると良い。丸めた座布団は、座技での肘当て用のミット替りにもなるので重宝する



 とにかく、まだまだ油断せずに、ステイ・アット・ホーム。

 外に出ず、家に居よう!

 そして人との接触を8割減らし(つまり、同居している家族以外とは人と会わない!)、やむを得ぬ外出時にはソーシャル・ディスタンシングを保ち、未知のウイルスから自分と大切な人たちを守ろう。

 あと自営の個人事業者は、必ず持続化給付金を請求しよう。

 そして、自殺を考えるほど困窮しているのなら、躊躇せずに生活保護を申請しよう。

 水際作戦で断られたら、社会福祉関連のNPOや弁護士に相談を!

 持続化給付金も生活保護も、コロナ禍の生活補償としてはあまりに心もとないが、生き残るために使える武器は、すべて使うべきだ。

 生きてこそ、である。

 (了)

圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ/(時評)

2020年 05月03日 11:00 (日)

 憲法記念日に思うのは、現在の日本国憲法に対して、「アメリカからの押し付け」という間違った認識を振りかざす人々の不勉強さだ。

 かつて、明治政府の圧政に対し、基本的人権の尊重、国民主権、平等博愛といった、近代民主主義の志を掲げて闘ってきた、自由民権運動の闘士たちの思想が、どれだけ戦後の日本国憲法に活かされているのかを、不勉強な人々は知らない。

 五日市憲法草案しかり、植木枝盛の憲法草案しかり、こうした自由民権の志と、日本人が積み重ね示してきた具体的な新憲法の草案、そして何より、先の大戦で命を失った約300万人の尊い犠牲とその悲しみがあったからこそ、戦後、あれだけ短期間のうちに、

「国民主権」

「基本的人権の尊重」

「平和主義」

 を掲げた、現在の日本国憲法ができたのだ。



 ヒャクタやタカス、サクライやカドタといったエセ保守のネトウヨたちは、人々をさんざん煽動しながら、いざ戦争がはじまっても、自分たちは絶対に戦場には立たない。

 かつて、若者たちに特攻を命令し十死零生という統率の外道を強いながら、いざ戦争が終わったら長々と余生を満喫して生き延びた、一部の旧軍高級士官たちとまったく同じだ。

 戦塵の中で、水漬くかばね、草むすかばねとなるのは、いつの時代も純粋な若い人たちである。

 にもかかわらず、自分たちは決して戦場に立たない老害たちが、民主主義の理想像である日本国憲法を葬り去ろうと、陰に日に蠢いている。

 一方で、いつの時代も本当の武人は、戦(いくさ)には慎重だ。

 なぜなら、戦いや暴力の悲惨さを一番よく知っているのが、武人というものだから。

 戦後、創設間もない自衛隊に自ら志願した志高い青年たちに対し、時の首相・吉田茂は、

「君たちには、日陰者でいてほしい」

 と懇願した。

 その真意とは何か?

 この国に生まれ、あまつさえ武人を自負する者は、必ずそれを熟考しなければならぬ。

 ところが、平和ボケでたがの外れた今の時代、ヘイトスピーチを繰り返し、社会的に弱い立場の人々を執拗に攻撃し続けるネトウヨたちのように、武人よりもむしろ普通の人々の方が、一方的な暴力に熱狂している。

 人を殴れば、自分も殴られる。

 彼を斬れば、我も斬られる。

 他を撃てば、己も撃たれる。

 こうした、武人が最初に学ぶ「戦いの原則」を、彼らはまったく知ろうとしない。



 私の祖国である日本という国は、いったいどこに向かっているのだろう?

 かつて秩父困民党の闘士たちは、貧しい人々からカネを徹底的にむしり取ろうとする資本家たちと、それを支援して弱者を踏みにじることを止めない明治政府に対し、

「圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ」

 との要求を突きつけ、武州の山々で家伝の秋水を抜刀し、白襷も清々しく蜂起した。

 その自由を求める血脈を確かに受け継ぎ結実した、日本国憲法前文に謳われた人類の崇高な理想は、はたして本当に実現できるのだろうか?

 私たちは今、その厳しい岐路に立っている。


 
日本国憲法 前文
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」


 (了)

清明心―柴真揚流の稽古で「呪い」を解く/(古流柔術)

2020年 05月02日 00:48 (土)

 世の中がどう流れようと、稽古は続く。

 今晩は、柴真揚流。

 柔術表早業居捕、1本目の「左巴」から17本目の「二人捕」までを、じっくりとおさらい。

 当身の威力を意識して、拳当ては肘脇、肘当ては腋脇、蹴足は膝脇の、いわゆる「裏内」に気力を集めて打突するよう心がける。

 さすがに今日は八十八夜だけに、小半刻も形を取っていると、鉢巻が汗でびっしょりとなる。

 もう、夏も近いのだ。

 稽古後半は鉢巻を前結びに結び変え、受の動作のおさらい。

 門人との稽古では私が受をとるので、受の間合や動作、踏み込みや体捌き、さらに受は打刀や小太刀、短刀も使用するので、それらの使い方も確認し反復する。

 早くコロナ禍が収まり、思う存分、相対稽古がしたいものだ。

 その日が遠くないことを信じて、今は一人で「業」を磨いていこう。

 稽古の終わりは、いつも通り当身台への打ち込みでしめた。

2005_柴真揚流_諸道具
▲拙宅の一畳稽古場にて、柴真揚流の稽古に励む



 実は今週、週の初めに心底から不愉快になる出来事があり、それ以降、猛烈な怒りの感情に捉われていた。

 しかし今夜、無心で柴真揚流の稽古を繰り返しているうちに、なにかようやく「呪い」が解けたように思う。

 憤怒の感情に捉われては、取るに足らない小人にすら、足をすくわれてしまう。

 今はただ一心に、清き明き心で稽古に励むのみだ。

 佞人の発する、善人の仮面をかぶった悪意という「呪い」。

 それに心底からの怒りを感じたとはいえ、これほど憤怒に捉われてしまうとは、私もまだまだ武人として修行が足りないなと、深く自戒した次第。

 (了)

焼野原の向こう/(身辺雑記)

2020年 05月01日 12:50 (金)

 報道によれば、国による新型コロナウイルス対策のための緊急事態宣言は、当初の期限である5月6日から、さらに1か月ほど延長されるだろうとのこと。

 門人諸氏への正式な連絡は改めて来週、期間延長が正式に決定した段階で行うが、5月中の定例稽古再開は、どうも難しいようだ。

 ま、しかたあるまい。

 武術よりも、命と家庭、暮らしと仕事の方が、遥かに大切だ。

 それらを守るために必要であれば、稽古など半年でも1年でも中止するべきなのは、言うまでもない。

 我欲に負けて命と安全を軽んじ、見切り発車で稽古や指導を再開するようなことは、絶対にあってはならない。

          2004_悪魔068



 一方で、どのような状況になったら稽古を再開するのかについても、見通しを立てておかねばなるまい。

 まず第一に、国の緊急事態宣言が解除されること。

 第二に、埼玉および東京・千葉での新規感染者の発生が、十分に抑制されていること。

 以上の2点が絶対的な条件だ。

 おそらく、緊急事態宣言は6月には解除されると思うが、感染者数の抑制はどの程度になるか、予断を許さない状況である。

 今はとにかく一人ひとりが、

「家から出ない」

 ことが流行の早期収束に繋がると、強く心に期するしかない。

 また、仮にいったん流行が収束したとしても、おそらく次の秋から冬にかけて、流行の第3波、第4波がくるであろう。

 そうなればまた、必要に応じて社会活動の自粛が求められるだろうし、再開した定例稽古の再自粛も必要だ。

 もう、この世界のなにもかもが、コロナ以前の状態には戻れないということを、私たちは十分に理解しておく必要があるだろう。

            2004_死神



 個人的には、今後の生活防衛についても対応しなければならぬ。

 むしろ、コロナから身を守るよりも、こちらの方がより厳しく過酷な戦いになりそうだ。

 私の場合、書籍の出版延期や雑誌の刊行中止などの影響から、来週以降の新規の仕事の依頼が、現時点でゼロである。

 一応、月刊誌の連載仕事が1つあるが、それもいつまで継続するか、はなはだ心もとない。

 先日、何人かの編集者と話をしたのだけれど、出版業界の先行きは相当に厳しそうだ。

 一方で行政からの支援は、個人向けの給付金が10万円、個人事業者向けの給付が1回だけ、それもたった100万円。

 いち自営業者として言わせてもらえば、中長期にわたる事業支援としては、この程度の金額はひと息つける程度で焼石に水だろう。

 まあ、何も給付されないよりも、ましだけれどもね。

 それ以外の国の支援策はすべて「融資・貸付」、つまり借金である。

 私は借金は絶対にしたくないので、融資や貸付を利用するつもりはない。

 金を借りて事業を継続するくらいなら、廃業しようと思う。

          2004_正義070


 このような状況の中で、今後、生業での収入が激減した場合、そもそも武術などやっていられなくなることも十分に考えられるし、そういう覚悟はすでにできている。

 ゆえに場合によっては、門人数の減少も覚悟の上での翠月庵の教授料値上げや年会費の導入、本部稽古への参加回数の大幅削減あるいは休会等も、検討せざるを得ないかもしれない。

 また例年、演武会等に関する費用負担は決して軽いものではないため、各種演武会の出席など対外的な活動についても、大幅な縮小を検討する必要があるかもしれない。

 こうした様々な対応を取らざるを得ないとすれば、それはまことに残念なことだが、毎日の暮らしが維持ができなければ武術などやっていられない。

 資産家や富裕層ではない、私のような市井の人間は、まず日々を生きてこそだ。

            剣の8

 

 それでも幸いなことに、生きている限り、一人でも稽古はできる。

 これまで鍛錬し、習得してきた「形」=「業」=「術」は、稽古を続ける限り失われることはない。

 柳剛流の「業」と「心」は、すでに私の人生の血肉となっている。

 それが、コロナ禍による焼野原の向こうに見える、わずかな希望の光だ。

             1501_力


 (了)