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柴真揚流の当身は「ソフトポイント」/(古流柔術)

2020年 01月31日 02:10 (金)

 昨日は空手の稽古だったので、今晩は柴真揚流の稽古。

 空手をやると、その反動(?)で柴真揚流の稽古がしたくなるのである(笑)。

 まずは柔術表早業立合投捨を、1本目「馬手捕」から15本目「三人捕」までおさらい。

 ゆっくりと業の要諦を確認しつつ形を取り、次いで同じ形を「気合の大事」を踏まえて繰り返す。

 この、「気合の大事」を踏まえながら形を取るというのが、なかなか身体的な負荷の高い稽古となる。

 次いで、当身台への打込み稽古。

 柔術の形の動きで、顔別、水月、電光、雁下といった「殺」に、拳や頭突き、肘当、蹴足を打ち込む。

 特に拳での当ては、念入りに当て具合を確認しつつ打ち込むことを心がける。

 柴真揚流の拳での当身は、空手道とは全く異なる拳の握りと身体の遣い方で打ち込む。

 このため最近では、柴真揚流の打ち込みの方にすっかり身体がなじんでしまい、昨日の空手の稽古では拳をしっかりと握り込むことに非常に難渋した(苦笑)。

 また、当身台に拳を打ち込んでいて思うのは、同じ拳での当身でも、空手の正拳突きは射撃で用いる弾丸で言うところの

「フルメタルジャケット」

 であり、一方で柴真揚流の柔らかい拳での当身は

「ソフトポイント」

 のような、それぞれ異なる打撃効果があるのではないかと、ふと思った。

 そういう意味では、柳生心眼流の拳は

「ホローポイント」

 というところか。

2001_柴真揚流_当身
▲親指を握り込んだ柔らかい拳で至近距離から打突する、柴真揚流の当身



 打ち込み稽古の後は、柴真揚流の剣術を復習。

 「陽炎」から「取先」まで、5本の形を打つ。

 次いで柴真揚流の棒の形を、「抄当」から「捨身当」まで7本。

 最後に、柴真揚流独特の小太刀居合の形(素抜)3本を抜いて、今晩の稽古は終了。

 こうして、柔術、剣術、棒、小太刀居合と、ひと通り稽古をすることで、改めて総合武術としての柴真揚流柔術の魅力を実感した次第。


ソフトポイント(soft point)
弾頭先端がギルディング・メタルで覆われておらず、鉛が剥き出しの弾丸。命中すると柔らかい鉛により弾頭が激しく変形・破砕し、目標内部で運動エネルギーを効率的に伝えることにより、致命的なダメージを与える。弾丸が破砕するため貫通力は低い。(ウィキペディア「弾丸」より)


 (了)
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打太刀として「観る」/(柳剛流)

2020年 01月28日 02:58 (火)

 夜、深々と降る窓の外の雪を眺めつつ、柳剛流の稽古。

 まずは、備之伝から備十五ヶ条フセギ秘伝で心身を錬る。

 その後、先日の翠月庵定例稽古で、打太刀を執っている際に感じた課題に取り組む。

 これまでの覚書や流儀の古い史料なども付き合わせつつ、木太刀を振るい、柳剛流剣術における初学の門であり極意でもある「右剣」と「左剣」の形を繰り返す。

 同じ「右剣」の形=業でも、仕太刀を遣うことだけでいっぱいいっぱいだった頃に比べ、柳剛流師範として門人を相手に打太刀を執るようになって、初めて「観えてくるもの」があるのだなあと、今、しみじみ思う。

1907_柳剛流_佐藤健七先師
▲仙台藩角田伝 柳剛流の佐藤健七先師による「左剣」(『剣道日本 続剣脈風土記 陸前柳剛流(1978年)』より)


「花紅葉冬のしら雪時しそと 思えば悔し色にめでりけり」
(柳剛流剣術目録巻 武道歌


 (了)

居残り稽古で柴真揚流を/(武術・武道)

2020年 01月26日 18:37 (日)

 昨日は、翠月庵の定例稽古であった。

 1時間目、まずは警視流立居合。

 I氏は刀の扱いに慣れてきたので、神道無念流立居合の1本目も指導する。

 次いで私とY氏は、柳生心眼流の素振。

 先日、本部稽古で師より手直ししていただいた部分をY氏に伝えつつ、修正しながら向振り、そして組形を打つ。

 特に手首の留意点については、私もまだ十分ではないので、気をつけて形を取った。



 小休止の後、2時間目からは柳剛流。

 まずは全員で、柳剛流の長木刀での素振り、そして相対しての打ち込み稽古。

 上段、中段、下段への打ち込み、さらに上段から下段脚斬りまで3連打の打ち込みを繰り返す。

 次に、跳び斬りの鍛錬。

 一人ずつ、跳び斬りでの素振り5連打。

 これを全員で回しながら、何度も繰り返す。

 次いで居合の1本目、「向一文字」をみっちりと抜く。

 跳び斬りの連続素振りから居合「向一文字」までの鍛錬で、足腰を徹底的に鍛えるのである。

 それなりに体に堪えるメニューだが、これができてこそ剣術の「右剣」「左剣」の形が活きてくる。

 形の手順をなぞるだけの楽な稽古では、柳剛流の業前は上がらない。



 3時間目は、まず柳剛流剣術の備之伝と中級者はフセギ秘伝。

 次いで、「右剣」と「左剣」の形を丁寧に繰り返す。

 私と師範代のY氏が打太刀となり、仕太刀の初学者をローテーションさせながら、細かい体や剣の遣い方を手直ししつつ、じっくりと形を錬る。

 こうして3時間の定例稽古は、あっという間に終了した。



 ・・・のだが、定時の間に柴真揚流の稽古ができなかったのは、なんとも残念である。

 そこで、私とY師範代はさらに居残り稽古!

 4時間目は大寒の夕闇の中、寒風に吹かれながら柴真揚流の稽古となった。

 柔術表早業居捕の形17本を、捕と受を交代しながら繰り返す。

 今回は特に拳での水月の当身について、留意しながら形を取る。

 柴真揚流は、「当て倒す」技が多いだけに、形の動きで実際に相手に当身を入れながら(といっても、全力での当身の1~2割の力の入れ具合だが)、当て倒す手ごたえを身につける必要がある。

 また、「真之位」における崩しの理と「ためる」と表現される独特の極め、「袖車」での締めについても、留意しつつ繰り返し形を取った。
 
 同じように当身を重視する柔(やわら)ながら、柳生心眼流の素振のような単独形での鍛錬がない柴真揚流は、やはり相対稽古でみっちりと形=業を錬らなければならない。

(もちろん心眼流の素振二十八ヶ条でも、受を立てての組形の鍛錬が重要なことは、言うまでもない)

 さて次回は、表早業の立合投捨を、たっぷりと稽古しよう。

2001_稽古場
▲野天稽古場での柔(やわら)の稽古は、なかなかに野趣があって楽しい。受け身の鍛錬にもなるしネ(笑)

 (了)

柴真揚流柔術でヒダル退治/(古流柔術)

2020年 01月24日 00:24 (金)

 今晩は、柴真揚流の稽古。

 ・・・なのだが、いつも通り稽古前にエアロバイク&筋トレをやっていると、途中突然、ちょっと尋常ではない倦怠感を感じる。

 これはもしかして、南方熊楠言うところの妖怪ヒダル!?

 つうかハンガーノック(低血糖)?

 ま、実際のところ、ハンガーノックを起こすほど激しい運動じゃあないんだけども・・・。

 いずれにしても、あまりにもだるさがひどいので、気やすめにとりあえず水と一緒に、かし原の塩ようかんを一口摂取。

 このようかん、食べきりサイズで1本57kcalなので、おやつやお茶請け用に常備しているのである。

 こうして引き続き、筋トレのメニューを消化。



 その後、稽古着に着替え、柴真揚流柔術の表早業居捕、「左巴」から「二人捕」まで17本をおさらい。

 先日の本部稽古にて師より伝授いただいた、柴真揚流柔術特有の「気合の大事」という口伝に留意しながら形を打つ。

 この口伝、具体的な内容は口伝故ここには書けないが、これを行いながら形を打つのは、かなり負荷の高い稽古になる。

 しかし、これをクリアできてこそ、柴真揚流の柔術早業の「形」=「業」が、「術」へと止揚されるのだ。

 柴真揚流柔術が、「柔術早業」とも称される由縁も、この口伝にあるといえよう。



 小半刻ほど形を繰り返していると、稽古前の筋トレ中のひどい倦怠感も、いつの間にか感じなくなっていた。

 柴真揚流には、ヒダル退治の効果もあるのか・・・(笑)。

 さて明日は、表早業立合投捨を復習しよう。

2001_柴真揚流_左巴_(裏)_2
▲柴真揚流柔術 表早業居捕「左巴」裏

 (了)

柔術当身拳法三昧/(古流柔術)

2020年 01月20日 15:04 (月)

 昨日は、水月塾本部での稽古であった。

 午前中、まずは柳剛流に関する写真撮影、その後、柴真揚流柔術早業の居捕1本目、「左巴」の裏の形と裏々の形を、師より御指導いただく。

 柴真揚流の柔術早業は居捕17本・立合投捨15手の合計32手が表となり、これらが裏そして裏々と3段に変化し、合計96手となる。

 いずれの形=業も、親流儀である天神真楊流の理合を中心に置きながら、蹴足や肘当て、拳当などを多用する、柔術当身拳法となっている。

 日本の伝統的な柔術の理合に基づきながら、徹底的に「当て殺す」ことを第一とする、柴真揚流独特の業の数々を磨き、高めながら、次代へ繋いでいかねばならない。

2001_柴真揚流_左巴(裏)
▲柴真揚流柔術早業 「左巴」裏



 午後の稽古は、柳生心眼流から。

 「表」、「中極」、「落」、「切」の素振二十八ヶ条について、師に細かい部分を手直ししていただく。

 同じ日本柔術の当身拳法ながら、柳生心眼流と柴真揚流では、趣も理合も全く異なる。

 それだけに、当身技が大好きな私としては、たいへんに興味深く、学びがいがあるというものだ。

 午後後半は、甲陽水月流の短棒奥伝。

 これがまた、実に痛い(苦笑)。


 こうして本部稽古は、あっという間に終了。

 富士の残雪を踏みしめつつ、武州への帰路についた。

 (了)

本物の寒稽古/(武術・武道)

2020年 01月18日 22:52 (土)

 本日は翠月庵の定例稽古。

 拙宅では午前中、粉雪が舞っていたのだけれど、行田の稽古場は午後は曇りとの予報だったので稽古を実施。

 それにしても、実に寒い!

 そして寒い時は、体を動かすのみである。

 本日はまず、柴真揚流の棒の形を打つ。

 当庵師範代のY氏が仕方、私が打方となり、「抄当」から「捨身当」まで、7本の形を打つ。

 裂ぱくの掛け声とともに、棒を激しく打ち合っているうちに、次第に寒さも感じなくなる。

 次いで、手裏剣術3間での基本打ちの後、全員で警視流立居合。

 さらに柳剛流の基本の素振りや打ち込み稽古を繰り返していると、粉雪から小雨に変わる寒風の中でも、体が熱いほどとなる。

 これぞ、本物の寒稽古だ!

 屋根や壁のついた、それどころか暖房のはいった屋内での稽古で「寒稽古」などというのは、ちゃんちゃらおかしいってなもんですよ、いや、ほんと本気(マジ)で・・・(苦笑)。


 そして最後の1時間は、じっくりと柳剛流の稽古。

 全員で備之伝、フセギ秘伝から剣術、そして上級者には長刀(なぎなた)の形を丁寧に指導する。

 こうして、あっという間に3時間が過ぎ、本日の稽古は終了。

 今日は柳生心眼流の組形や、柴真揚流の柔術もしっかり稽古したかったのだが、そこまで届かず。

 1回3時間の定例稽古では、なかなか稽古時間の配分が難しい。

 来週は、柳生心眼流と柴真揚流柔術の相対形を、みっちりと鍛錬しなければ。

 (了)

空手道寒稽古/(武術・武道)

2020年 01月16日 11:14 (木)

 昨日は、県立武道館での空手教室の稽古始め&寒稽古初日。

 昨年末に全空連の審査を受けたAさんとBさんから、共に公認二段に合格したとの報告を受ける。

 審査に臨んで、私もAさんに形や組手について多少アドバイスをしたので、たいへんに喜ばしい。

 私のように他流・他会派ですでに有段者となった後、この教室に参加している者とは異なり、二人は武道未経験の中高年としてこの空手教室に参加。

 週に1回、基本と形がメインの地味なこの教室で、コツコツと10年近く稽古を重ねて昨年初段となり、そして今回、二段の審査を受けて合格した。

 おまけにBさんは、なんと70代である!

 これは、なかなか簡単にできることではない。

 そういう意味で、彼らと同じように、この教室で初めて空手道にふれるようになった中高年の後輩たちに対して、たいへんに意味のある良い先例になったといえるだろう。

 これからも生涯武道として、お二人には空手の稽古を継続し、皆さんの手本となってほしいものだ。

 私のようなひねた空手の古狸も、彼らに負けないよう頑張らねばと思う。

 *  *  *  *  *

 県立武道館での空手の寒稽古は、以前は1月のこの時期に4日間連続で行われるものだった。

 しかし、数年前から全3回と稽古日数が減ってしまい、いささか残念である。

 とはいえ、寒さが極まるこの時期に、普段は週に1回の稽古を数日間連続で行うというのは、それはそれで意味のあるものといえよう。

 もっとも、

「寒さ」

 という点に関しては、毎週末、荒川沿いの寒風吹き荒れる天下御免の野天稽古場・翠月庵で稽古をしている私からすれば、県立武道館での寒稽古など、「寒」のうちには入らないんだが・・・(笑)。

 例年、私は仕事もあり寒稽古皆勤とはいかないことが多いのだが、今年はたまたま締め切りの端境であることもあり、頑張って皆勤を目指してみようかと思う。

 ま、わずか3日間だけどもね。



 そんなこんなで始まった今年の寒稽古だが、内容はいつもの通り。

 約1時間、その場基本と移動基本でみっちりとしぼられる。 

 それにしても、年明けからはもっぱら柳生心眼流の素振を振っていたので、しっかりと拳を握り込む空手の正拳を作るのに、非常に違和感を感じる。

 もはや空手の正拳よりも、心眼流の柔らかい拳の方が、完全に私の体になじんでいるようだ。

 おまけに、ここしばらくは佐藤伝の、

「ほとんど握らない拳」

 を研究していたものだから、空手の正拳が握りにくいったらありゃあしない・・・(苦笑)。

 そして移動基本の後は、形稽古。

 糸東流のC先生から「今日は何をやりましょうか?」と聞かれたのだが、誰も答えない。

 そこで私が、個人的な趣味から、

「マツムラローハイをお願いします!」

 と答える。

 私の空手の得意形は玄制流のローハイなので、それに関連して指定形(糸東流)のマツムラローハイも、稽古・研究していきたいと思っている。

 こうしてC先生より、30分ほど形の指導や分解の解説を受けて、本日の稽古は終了。

 さて、寒稽古はあと2日。

 今年は皆勤できるかな・・・?

1605_ローハイ182
▲いまから13年前(!)、玄制流の全国大会にてローハイの形を打つ。当時アラフォー、我ながらまだ若い・・・

 (了)

数稽古/(古流柔術)

2020年 01月14日 00:32 (火)

 今晩の稽古は、柳生心眼流の素振に集中。

 ・・・なのだが、稽古前の筋トレ&エアロバイク(最大負荷で30分10㎞)で、すでにヨレヨレの翠月庵主である。

 新年早々になんだが、歳は取りたくないものだ。



 「表」、「中極」、「落」、「切」の二十八ヶ条をじっくりとおさらいした後、以前、師に教えていただいた柳生志限流の形も振ってみる。

 これはまた、当身の数が倍くらいある、たいへんにユニークなものだ。

 また、昨年末の本部稽古で師より少し教えていただいた、「鈴木専作・佐藤金兵衛伝」の拳形でも、素振りをしてみる。

 この拳形、最初は非常に違和感があったのだけれど、なんというか直感として、

「妙に気になる」

 拳の形であり、年末年始の間、ずっと頭の中を離れなかった(苦笑)。

 そこで、この拳形でしばし心眼流の素振を振ってみると、いつもの「齊田茂七・武田軍虎」伝の拳形で振るのとは、ずいぶん異なる体感なのだが、

「これはこれで、結構いい感じ!?」

 という感覚がする。

 師によれば、この佐藤伝の拳形での当身は武田伝とはまた異なるもので、

「非常に強烈な威力の当身となる」

 とのことだ。

 自分なりに、これからの稽古に盛り込みながら研究してみよう。

  *  *  *  *  *

 今年、古流柔術の稽古については、柳生心眼流を主、柴真揚流を従として、とにかく徹底的に組形の回数をこなしていきたいと考えている。

 幸いなことに、翠月庵の師範代であるY氏が柳生心眼流を、同じく師範代のN氏は柴真揚流を柔(やわら)のメインとして稽古してくれているので、私は両人を相手に、とにかく徹底的に組形の数稽古を積み重ねることで、

「質量転化」

 を目指していきたいと思う。

1911_柔術_本部稽古

 (了)

再考・三島由紀夫と剣/(武術・武道)

2020年 01月13日 15:32 (月)

 三島由紀夫が晩年、剣道に打ち込んだことは良く知られた話であり、一方でその業前のほどは、いささかお寒いものであった・・・という話について、これまで何度か本ブログでもふれてきた。


「文豪と剣」(2009年 11月19日 )
https://saitamagyoda.blog.fc2.com/blog-entry-162.html

「伝説なき時代」(2011年 07月07日)
https://saitamagyoda.blog.fc2.com/blog-entry-271.html


 しかし先日、岩波から刊行された『三島由紀夫スポーツ論集』(佐藤秀明 編)を読んで、多いに蒙を啓かれた。

 これまでの私の、三島の剣道に対する相当に意地悪な論評の「核」は、突き詰めてみると、忖度によって印可された、

「実力の伴わない段位」

 に対する軽蔑。

 そして、そのことを自ら恥じない、

「廉恥心の無さ(破廉恥)」

 への憤りにあった。

 しかし、上記の『三島由紀夫スポーツ論集』に掲載された、剣道に関する三島の著述を読むと、少なくとも彼自身は己自身の実力の伴わない段位について、

「(自分は)典型的な中年剣道、旦那剣道である」(「わが警察流剣道」より)

 と叙述する程度には、自覚をし、恥じていたことが分かる。

 それどころか以下のような文章を読むと、彼自身の剣道に関する技量の優劣以前に、三島が剣道という武道に、少年のような清々しい憧憬を抱いていることが、強く感じられる。



「剣道はやはり人間だと思う。剣の達人が人間的に全部立派だという迷信を私は抱かぬが、心の澄んだ、イヤ味のない人の剣には、次第次第に人を傾倒させる力がある。コケおどかしや、豪傑気取りや、偉ぶりだけでは、人はついて行かないし、ついていけなければ、こちらの剣ものびのびと発達する機会を失うのである」


「われわれ中年剣道は、人から見ればおかッたるいかもしれないが、一応人生に精通した上で、人生にはついに求めえなかったものを剣道に求めて、稽古に通っているのだということをみとめてもらうほかはあるまい」




 これらの文章を読んで、三島由紀夫の「剣」に対するこれまでの私の批判的な姿勢は、いささか改めなければならないと多いに反省している。

 少なくとも彼は、「旦那芸」だと自嘲気味に語るほどには、己の業前を自覚をした上で、人格陶冶の「道」としての武道の在り様=核心を、確実に把握・認識していたことが、上述の文章から読み取れる。

 強い弱い、上手い下手といった形而下の些事ではなく、形而上にある「武道の本質」を、彼は剣道の稽古を通じてしっかりと感得していたのだなあと、認識を新たにした次第。

2001_三島由紀夫


「夫れ剣柔は身を修め心を正すを以て本となす。
心正しくば則ち視る物明らか也。
或は此の術を以て輙(たやす)く闘争に及ぶ者有り。
此れ吾が党の深く戒むる所也。
当流を修めんと欲する者は、先ず心を正すを以て要と為すべし」
(柳剛流殺活免許巻より)



 (了)

翠月庵にて、稽古始めに想う/(武術・武道)

2020年 01月12日 14:33 (日)

 昨日土曜は、翠月庵の稽古始め。

 今回はN氏、S氏、F氏の3名が出席した。

 Y氏、A氏、I氏の3名は次回から出席予定であり、彼らにとっては来週が今年の稽古始めとなる。

 指導する私は、今週と来週の2回にわたって、新年の「稽古始め」というフレッシュな気持ちが味わえるというわけだ(笑)。

 それにしても通常この時期、野趣あふれる野天稽古場である翠月庵では、荒川沿いの寒風が吹きすさび、しみいるような寒さの中での稽古となる。

 しかし昨日は、1月とは思えない春のような陽気で、「本当に気候変動だなあ・・・」としみじみ思う。

 これではグレタさんならずとも、地球の将来が心配になるというものだ・・・。

2001_稽古場
▲昔ながらの野天稽古場。ここで剣を振るい、手裏剣を打ち、柔(やわら)を取る



 さて稽古は、入念にストレッチをしたあと、基本の素振りでスタート。

 これまで当庵門人は、全員が他流の居合や剣術等の熟練者だったため、あまりこうした基本稽古は行ってこなかった。

 しかし、昨年から武術未経験の門人が増えてきたため、こうした流儀の形稽古以前の基本稽古も、今後は丁寧に行っていこうと思う。

 二足一刀での正面斬り、同袈裟斬り、廻刀による一足一刀からの正面斬り、同袈裟斬り、そして受け流しから入り身しての袈裟斬りなどを、腹の底からの掛け声をかけながら繰り返す。

「掛け声とは、実体を有する武技である」

 というのが、我が翠月庵の真骨頂だ。

 そして「武技としての掛け声」は、まず有声で鍛錬し、その後、無声へと導かねばならぬ。

 次に、初心者に対して日本刀の基本的な扱い方に習熟させることを目的に、警視流の立居合を指導。

 ベテラン陣は、まずひととおり警視流を復習した後は、神道無念流の立居合十二剣を自習してもらう。

 ここまでで、稽古開始から約1時間が経過。

 次いで、柳剛流の稽古。

 まず全員で備之伝をひと通り行い、その後、私は初学者であるFさんに、マンツーマンで備之伝を指導。

 ベテラン陣には、相対して備之伝とフセギ秘伝を自習してもらう。

 その後、いよいよ柳剛流剣術の形稽古。

 引き続き私は、F氏にマンツーマンでついて、柳剛流の初学の門にして極意でもある「右剣」の形を初指導。

 69歳の武道初心者であるFさんが、若い武道経験者でも習得に難渋する、柳剛流の真面目である跳び斬りと脚斬りを含んだ「右剣」の形を今日初めて学び、懸命に跳び違い木太刀を振るう。

 その姿は、柳剛流を受け継ぎ愛する者のひとりとして、指導をしていて感動的ですらある。

 一方でベテラン陣も、仕太刀と打太刀に分かれて「右剣」を、みっちりと稽古してもらう。

 ここまでで、稽古開始から2時間が経過。

 最後の1時間は、各人の習得流派ごとの個別稽古。

 N氏には、柴真揚流柔術の棒の型、4本目の「虚実」から7本目「捨身当」までを指導。

 その後、1本目の「抄当」から始めて7本目までの形を、何度も繰り返す。

 N氏については、今年は当庵での稽古の本義である柳剛流に加えて、柔術早業から剣術そして棒の型までを含む柴真揚流柔術について、しっかりと数稽古をさせていくつもりだ。

 これは私自身が、しっかりと柴真揚流の数稽古を取るためでもある。

 一方でS氏には、手裏剣術をみっちりと指導。

 長剣による3間間合での基本打ちからはじめ、翠月剣による打剣、そして刀法併用手裏剣術を何度も繰り返させる。

 手裏剣術の稽古を始めてから、この春で丸3年となるS氏は、打剣もそれなりに安定してきた。

 このため今後は、「速度」と「威力」を心がけた、「板金を打つ心」での打剣を課題にしてもらいたいところだ。

 こうして、令和2年の初稽古は、あっという間に終了した。

190505_柳剛流_青眼左足頭
▲柳剛流剣術 「青眼左足刀」



 今年の翠月庵の目標。

 初学の皆さんは、武道を稽古することの楽しさを実感してほしい。

 若い人も年配の方も、地道に稽古を重ねることで、

「できなかったことが、できるようになる」

 ということを実感してほしいと思う。

 一方で、切紙以上の古参の門人諸子については、「形」を「業」に、そして「術」へと止揚することを大きな目標としてほしい。

 そのために自戒も込めて想うのは、私たちが伝承し稽古しているものが「武道」である以上、初学のレベルを過ぎた者の遣う「形」=「業」には、武技としての強さが求められるということだ。

 ただ手順をなぞるだけの、あるいは理屈や権威を言うだけの、

「ひ弱な形武道」

 であってはならない。

 切紙の者には切紙なりの、目録の者には目録としての、免許者は免許に恥じぬ、

「武道としての実力」

 が求められる。

 武道としての実力の伴わない、見掛け倒しの「伝位」や「肩書」ほど、恥ずかしいものはない。

 流儀において切紙以上の印可を得た者は、こうした、

「武道本来の厳しさ」

 をしっかりと自覚し、日々稽古に励んでいかなければならない。


 (了)

柳剛流、令和2年の初稽古/(柳剛流)

2020年 01月08日 00:01 (水)

 年末から年始にかけての締め切りラッシュによる業務多忙に加え、伊豆へ母の墓参りに行ったことなどもあり、いささか遅ればせながら今晩が、令和2年の初稽古となった。

 まずは45分ほど、エアロバイク&筋トレでたっぷりと汗を流し、身体を温める。

 その後、仙台藩角田伝 柳剛流兵法について、剣術、突杖、居合、長刀と、すべての形を復習し、口伝を確認。

 さらに殺法についても、角田伝の18ヶ所の「殺」と、岡安伝の「五ヶ所大當」について、実際に当身台に当身を入れつつ、その部位を確認した。



■仙台藩角田伝 柳剛流兵法
・切紙
剣術(備之伝、右剣、左剣)
居合(向一文字、右行、左行、後詰、切上)
突杖(ハジキ、ハズシ、右留、左留、抜留)

・目録
剣術(飛龍剣、青眼右足刀、青眼左足刀、無心剣、中合刀、相合刀)
小刀伝
二刀伝
鎗・長刀入伝
備十五ヶ条フセギ秘伝

・免許
一〇心 口伝
長刀秘伝
法活 口伝
一人ノ合敵 口伝
組打 口伝

・仙台藩角田伝 柳剛流殺活術(伝書より復元)
天道、面山、虎一点、二星、剛耳、玉連、骨当、水月、心中、明星、玉水、雁下、村雨、松風、右脇、稲妻、高風市 虎走、以上18ヶ所の殺

・武州岡安伝 柳剛流殺活術 五ヶ所大當(伝書より復元)
天見、人中、秘中、水月、気海、以上5ヶ所の殺




 今晩、改めて柳剛流のすべての形=業と口伝をおさらいしたことで、自分自身の今年の、柳剛流の稽古に関する課題がまとまった。

 今年は引き続き、柳剛流のすべての形=業を「術」へ止揚すべく鍛錬を続けると同時に、目録で伝授される小刀伝、二刀伝、鎗・長刀入伝の各口伝について、さらに考察を深めつつ、その実技を磨いていくつもりだ。

 その上で門人諸子に対しては、初学者は切紙へ、切紙の者は目録へとできるだけ速やかに導き、最終的にはひとりでも多くの者を柳剛流の免許皆伝者として世に送り出したいと思う。

 今年も粛々と、柳剛流の業と心を磨いていこう。

2001_柳剛流_青眼左足頭
▲柳剛流剣術 「青眼左足刀」


「身のかねの位を深く智ふべし 當めねとどまることのふしぎさ」
(柳剛流剣術免許巻 武道歌)


 (了)

敦臨の吉なるは、志し内に在ればなり/(身辺雑記)

2020年 01月07日 16:36 (火)

 易学の徒は本来、冬至の日に、その後1年間の運勢を判断する、年筮をとる。

 しかし、私のようなニセ占い師は、そこまでストイックではないので、年末年始の原稿ラッシュがようやくひと段落したところで、いそいそと筮竹をさばいてみた。

 曰く、臨上六。


臨は、元いに亨る貞しきに利あり。八月に至れば凶あり。
彖に曰く、臨は、剛浸くにして長ず。説んで順う。剛中にして応ず。大いに亨るに正を以てす。天の道なり。八月に至れば凶有り、消すること久しからざるなり。
象に曰く、沢の上に地あるは臨なり。君子もって教思窮まりなく、民を容れ保んずること疆りなし。

上六。臨むに敦し。吉にして咎なし。
象に曰く、敦臨の吉なるは、志し内に在ればなり。



 とのこと。

 全体的には、まあまあな年であるが、自らは一歩引いて門下を引き立てることを第一にせよ。

 また諸事、あまり余計な口だしはせず、静かに情勢を見守れば、自ずから天の道は正道を行くと、易は示す。

 今は、

「沈黙は金なり」

 ということか・・・(苦笑)。

 ま、当たるも八卦、当たらぬも八卦。

1912_茶

 (おしまい) 

令和蟹工船/(身辺雑記)

2020年 01月04日 04:15 (土)

2001_原稿



 まだ松も取れていないというのに、早くも今年初の徹夜仕事。

 某外資系企業関連の対談原稿を12時間がかりで脱稿し、ただいま時間は午前4時。

 さすがに、これから稽古をするガッツはない。

 それにしても、五十路ともなると徹夜は堪えるネ。

 つうか、昨日も24時過ぎまで原稿書いてたんだよな・・・。

 過労死ラインって、何時間だったっけ?

「おい地獄さ行ぐんだで!」(「蟹工船」小林多喜二)

 (おしまい)

令和プロレタリア武道/(武術・武道)

2020年 01月03日 08:50 (金)

 世間様はまだまだお屠蘇気分であろうが、私は12月30日仕事納めの1月2日仕事始め。

 それどころか、昨夜原稿を書き終わったのは夜中の12時過ぎであり、新年早々、マックスパワーでの原稿書きである。

 ・・・と書くと、

「新年早々、商売繁盛でなによりですな」

 などと言われそうだが、さにあらず。

 新年早々、そんな勢いで仕事をしないと、とてもぢゃあないが食っていけないのである。

 年末、2019年の年間の事業収益を集計したところ、前年比で数十万円の赤字であった。

 これはまあ、消費税増税分の影響も含めて想定の範囲内であったのだが、それにしても厳しい現実であることには変わりがない。

 しかも今年はオリンピック開催後にやってくる不況、さらに2023年に完全実施されるインボイスなど、我々自営の零細事業者には、向こう数年間、悲惨極まりない不況悪政の先行きしか示されていない。

 一方で、出版不況は恒常的なものになりつつあり、原稿料は下がる一方である。

 ゆえに生き残りをかけた本当のサバイバルが、2020年の新年早々始まったというのが実感だ。

 ことに23年から完全実施されるインボイスは、我々、所得の少ない個人事業者には致命的ともいえる破壊的大増税だけに、完全実施までの残り3年ちょっとで、どれだけ生活防衛のための備えを固められるかに、冗談抜きで命がかかっている。

 *  *  *  *  *

 2023年10月のインボイス完全実施という「審判の日」に向けて、1円でも多く稼いで貯蓄をすると同時に、支出削減においても大ナタを振るわねばならない。

 さりとて、すでに三食すべて自炊、ダイコンの皮まで捨てずに食べ、家での晩酌さえ制限している現状では、もはや支出削減ができるのは、これまで家計における聖域であった武道関連のコストしかない。

 というわけで、まことに残念なことながら、今年は武道関連の支出を最小限に絞っていく。

 このため各方面の皆さんには、なにかと不義理をするかもしれませんが、ご寛恕いただきたいと存じます。

 なにしろ、日々の暮らしが安定してこその武道修行です。

 *  *  *  *  *

 一方で、腐敗しきった安倍政権や自民・公明両党の政治に象徴される、ネオリベラリズム(新自由主義)に基づいた無慈悲で冷酷な格差社会が極まりつつあるこんな時代だからこそ、街の片隅に生きる流れ武芸者として、

「たとえ貧しくとも、武道修行は続けられる」

 ということを、我が身をもって後進の、特に若い人たちに示していきたいという想いもある。

 日本の伝統武道は、たとえば堕落した「現代の茶道」のような、富裕層や上級国民のためだけの道楽や手慰みではない。

 貧富の差に関わりなく、稽古の実践とその積み重ねによって自己実現ができる、わが国の伝統的な身体文化であり、武人の行動科学である。

 柳剛流の歴史を振り返っても、江戸後期から明治初めにかけて武州や陸前での興隆を支えていたのは、地域で暮らす農民や貧しい下級の武士たちであった。

 だからこそ令和の今も、たとえ暮らしが貧しくとも武道の門を叩くことができ、稽古が続けられるということを、富裕層でも上級国民でもない私のような「持たざる者」が、身をもって示すのもまた、何かの意味があるのではなかろうか。

 出自や財力に関わりなく、まじめにコツコツ、主体性を持ちながら稽古を続ける者が上達し、昨日よりも今日、より「勁(つよ)く」なれるよう導くのが、我々、皆伝者の務めだ。

 伝統武道の修行や伝承とは、そうあるべきだと私は信じている。

 柳剛流祖・岡田惣右衛門以下、流儀歴代の先師・先人方も、きっと泉下でそのように望んでいるのではないだろうか。

           ソードのペイジ


 (了)

謹賀新年/(武術・武道)

2020年 01月01日 15:11 (水)

 新年、明けましておめでとうございます。

 本年も、武術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部を、宜しくお願いいたします。

 令和2年元日 春燕軒 謹識


190505_柳剛流_左剣

 (了)