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刀の「命」/(武術・武道)

2019年 08月23日 01:00 (金)

 仕事の関係で、太平洋戦争後の日本刀にまつわる話について調べている。

 終戦直後、米軍による武装解除によって、軍や警察そして民間から、大量の日本刀が「武器」として接収され、その多くがスクラップとされて海中に投棄されたり、海外に持ち去られた。

 その数なんと、300万口とも400万口ともいわれる。

 特に、当時は美術価値が無いとされた、いわゆる昭和刀は、そのほとんどが顧みられることなく廃棄された。

 私の愛刀である市原“監獄”長光は、本鍛錬された日本刀だが昭和10年代の作刀であり、軍刀として用いられたことから、同じ市原長光作の刀の多くが、その当時破棄されたことだろう。

 同様に、現在は武用刀として高い評価を受けている満鉄刀、また靖国刀なども、美術的価値のないものとして多くが破棄されたのだという。

 まことにもって昭和の敗戦は、日本人にとってだけでなく日本刀にとって、つまりは日本文化にとって受難の時代であった。



 過日の角田・丸森における柳剛流の事績調査では、角田伝における柳剛流の大師範家である、佐藤彌一郎先師が居合の稽古に用いていたという差料を拝見することができた。

 刃長3尺1寸超、柄1尺1寸超の長尺刀で、刃紋は直刃、小切先で樋は無く、身幅やや狭く、全体に細身である。

 実際に手に執ってみると、バランスは絶妙で、実に扱いやすい。

 この差料で、先師が柳剛流の居合を遣っていたかと思うと、流儀の末席を汚す者として、しみじみとした感慨に包まれた。

1908_柳剛流_佐藤彌一郎先師居合刀
▲佐藤彌一郎先師が柳剛流居合の稽古に用いた三尺刀


 
 この彌一郎先師の長尺刀は、同家の方々によって大切に守られ、終戦後の「昭和の刀狩り」を潜り抜けてきたからこそ、令和の今も、その貴重な姿を今に伝えている。

 その一方で、冒頭に記したように敗戦直後、全国各地で多くの貴重な刀が占領軍に取り上げられ、破壊され、あるいは持ち去られてしまったというのは、本当に残念で悲しい出来事だ。

 人間の命はせいぜい80年か100年。

 しかし刀の「命」は、大切に受け継いでいけば、数百年にも及ぶ。

 私の監獄長光も、昭和17年の作刀からすでに77年の歳を数えている。

 奇しくも、私の母の生年も、同じ昭和17年であった。

 刀にとっても、人間にとっても、平和こそが最も尊いと思う。

DSC_9285.jpg
▲我が愛刀、監獄長光の茎


 さて今晩は、柳剛流の居合を長光で抜いてから、やすむとしよう。

 (了)
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