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月刊『秘伝』2月号掲載記事の誤りを糺す/(柳剛流)

2019年 01月29日 20:59 (火)

 本日は有楽町でインタビュー取材があり、合間の時間調整のため交通会館の三省堂に立ち寄った。

 そこでなんの気も無く、雑誌売り場でふと月刊『秘伝』の2月号を手にとり目を通すと、誌面後半のモノクロページで、昨年10月に行われた、松代藩文武学校武道会第25回秋の武術演武会の様子が写真と記事で紹介されていた。



 今回の演武会では、私も参加師範のひとりとして柳剛流居合を演武させていただいたのだが、同誌の記事では私が演武した「柳剛流居合」が「柳剛流兵法 抜剣」と記述されていた。

 しかし柳剛流においては、我々が伝承している仙台藩角田伝の柳剛流はもとより、武州系の各師範家、あるいは紀州藩田丸伝でも、少なくとも私がこれまでに確認してきた伝書や碑文等の史料には、「抜剣」という表記はみられない。

 柳剛流における一連の座業による抜刀技法群は、あくまでも「居合」であり「抜剣」ではないことを、ここで改めて指摘しておく次第である。


 加えて同誌の記事では、国際水月塾武術協会本部O師範代による演武画像を「荒木流抜剣」と説明しているが、これは正しくは「力信流居合」である。

 これもまた、その誤りをここに指摘しておく次第である。


切紙3
▲柳剛流、深井師範家に伝わる切紙。「居合」として、向一文字、右行、左行、後詰、切上の5本の形が記されている


■2019.1.31 一部加筆・修正

 (了)
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藤本貞治先生、ご逝去の報に接す/(柳剛流)

2019年 01月28日 00:01 (月)

 夜、柳剛流の稽古。

 備之伝、備十五ヶ条フセギ秘伝の後、「右剣」から「相合剣(刀)」まで、剣術を丁寧におさらいする。

 仕太刀の受けに、いささか思うところあり。

 今週はこの点に留意して稽古をするとしよう。

 次いで突杖、長刀をおさらい。

 明日は赤坂の迎賓館で取材のため、今晩の稽古は軽めにし、早めに就寝する。

 *  *  *  *  *

 先の土曜、国際空手道尚武会の藤本貞治先生がご逝去されたとのこと。

 藤本先生は、空手道の世界において、その驚異的な試割りの業前で有名であり、私も何度か都空連の大会などで、演武を目の前で拝見したことがある。

 よく試合会場では、一尺あまりの柿渋かなにかの扇子をゆらめかせながら、ぶったるんだ若いのがいたりすると、会場が割れんばかりの声で叱っていらっしゃったのも印象的であった。

 また、本ブログでも以前触れたが、藤本先生は古武道統成会伝の柳剛流を伝承された方でもあったが、残念ながらその道統は、先生の代で途絶えてしまったようである・・・。


謎の統成会伝柳剛流(前編)
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-1373.html

謎の統成会伝柳剛流(後編)
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-1383.html




 謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。


 (了)

大寒波/(身辺雑記)

2019年 01月27日 11:22 (日)

 昨日の翠月庵の稽古は、強風と寒波で、過去に感じたことのないほどの寒さであった。

 普通なら、しばらく体を動かしていれば温まってくるのだけれど、どれほど激しく動いてもいっこうに体が温まらない・・・。

 そこで、家主さんがつけてくれた薪ストーブに当たって体を温めつつの稽古となった。

 おまけに風速5.5mとかなり強い風のために、手裏剣の的を立ててもすぐに倒れてしまい、また柔術稽古用の茣蓙もあっという間に吹き飛ばされてしまう・・・。

 しかし、こういう場合でも柳生心眼流なら、単独稽古でも相対稽古でも素振が基本で、受け身も宙がえりで「返し」をとるので茣蓙を敷く必要もなく、たいへんに稽古がしやすい。

 また、神道無念流の立居合も、名前の通り立合だけで座業がないので、野外で稽古がしやすいものだ。

 そこで前半は柳生心眼流をたっぷりと稽古、後半は神道無念流立居合の復習とした。

 結局、心眼流と無念流の稽古に時間を割いたので、今回は柳剛流の稽古にまでは至れなかった。

 次回はみっちりと稽古をしよう。

 柳剛流と手裏剣術あっての、翠月庵である。



 このように、当庵の稽古場はたいへんに野趣あふれる野天稽古場なのであるが(苦笑)、これはこれで、伝統武道の稽古場としては、標準的な姿であると自負している。

 実際、たとえば江戸時代後期から明治・大正にかけて、日光御成街道周辺に教線を張った柳剛流師範家のひとつ、深井家の稽古場を拝見したことがあるが、屋内の稽古場は数坪程度とごく狭く、多くの門人は邸内にある中庭で稽古をしていたという。

 そういう意味で、当庵の野天稽古場は、由緒正しい昔ながらの稽古環境であると言えるだろう。

 それにしても、昨日は寒かった・・・。

1805_神道無念流立居合
▲八戸藩伝神道無念流立居合十二剣

 
 (おしまい)

病み上がり/(身辺雑記)

2019年 01月25日 01:39 (金)

 一週間ぶりに、稽古。

 先週後半から風邪で臥せってしまい、締め切りなどの関係で週明け月曜から仕事には復帰したのだけれど、体調そのものはその後も思わしくなく、結局、水曜まで稽古を休んだ。

 そして木曜の晩、一週間ぶりに稽古着に袖を通し、小半刻ほど荒木流抜剣を、さらに柳剛流居合を少々抜いた。

 気を入れたいので、今晩は真剣で居合を遣う。

 深夜、ひとしきり刀を振るい、なんとなく心身がさっぱりしたように感じる。

 これで風邪(ふうじゃ)が、払われたかな・・・?


1901_荒木流_落花
▲荒木流抜剣 「落花」

 (了)

千葉県船橋市でも、柳剛流が学べるようになりました/(柳剛流)

2019年 01月22日 00:30 (火)

 翠月庵で、柳剛流をはじめとした古流武術を稽古している長峰浩二師範は、自らの稽古会として千葉県船橋市で「剣術指南所 幽玄会 」を主催しています。

 その幽玄会が今月より、小佐野淳先生の御認可を賜り、国際水月塾武術協会船橋稽古会となりました。

 同会では、毎週火曜17時~19時まで、船橋市武道センターにて、仙台藩角田伝柳剛流兵法や八戸藩伝神道無念流立居合十二剣、夢想神伝流居合・組太刀などを稽古・指導しています。



 長峰師範は、武道歴26年。

 全剣連居合5段、夢想神伝流組太刀免許、そして仙台藩角田伝柳剛流兵法については昨年、切紙を得ている熟練の剣客です。

 一方で一級建築士の資格も持つ、知的で人柄も錬れた柔和なジェントルマンですので、武術・武道経験者はもちろん、初心者や若年者、女性も安心して本格の古流武術を学ぶことができますことは、不肖の師匠である私・翠月庵主も自信を持ってオススメするところであります。

 船橋市周辺や首都圏在住の方で、柳剛流や神道無念流に興味のある方は、この機会にぜひ、剣術指南所 幽玄会/国際水月塾武術協会船橋稽古会にご参加ください。



 柳剛流の次代を担う、新たな稽古者の登場を期待しています。


剣術指南所 幽玄会/国際水月塾武術協会船橋稽古会
https://kenjutu-yugenkai.jimdo.com/





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 ▲柳剛流剣術「中合剣(刀)」 
 (右・仕太刀:幽玄会代表/長峰浩二、左・打太刀:翠月庵主/瀬沼健司)


 (了)

大寒病臥/(身辺雑記)

2019年 01月21日 11:27 (月)

 金曜から熱発し、今朝まで三日三晩、風邪で寝込んでいた。

 おかげで土曜の翠月庵の定例稽古は休み、日曜の水月塾本部稽古も病欠。

 病んだ野良犬が物陰で丸まって臥せているように、ベッドにもぐりこんでひたすらじっと安静にしていた。



 若いころは、風邪などポカリを飲んで布団をかぶって寝ていればすぐ治ると思っていたし、実際にそうであった。

 しかし、今年で五十路を迎えようという歳ともなると、

 「ああ、たしかに風邪でも人は、死んだりするんだろうなあ・・・」

 と、しみじみ実感する。

 イーストウッド晩年の名作で、私が最も愛する映画作品のひとつである『許されざる者』で、主人公のウイリアム・マニーがひどい風邪で悪夢にうなされながら病臥するシーンがあるけれど、まさにそんな感じだ。

 今回は、熱は最高で39度ほどであり、足掛け3日でほぼ寛解していることからインフルエンザではなく、普通の風邪であったと思うけれど、それでもやはり相当堪えた。

 リンパ節炎で、全身の痛みがとにかく酷いのである。

 耳の後ろ、右の前腕、膝、腿、そして腰、さらに尾籠な話で恐縮だが、左の睾丸、これが「う、うう・・・」と、ちょっとうめくほどに痛い。

 一方で、咳はほとんど出なかった。

 今年の風邪の特徴なのかしらん?

 とにかく全身が痛いので、なかなか眠ることができず、さりとて高熱でふらふらするので起きていることもままならない。

 しょうがないので、ベッドにもぐりこみながら、もうろうとした中で柳剛流の伝書やら辻淳先生や南部修哉さんの柳剛流に関する著作などを読みつつ、その途中で意識を失い、そしてまた痛みで目覚めるということを繰り返す。

 おかげで夢に、岡田惣右衛門と岡田(一條)左馬輔が出てきて、二人して私に柳剛流を教えてくれた。

「おぬしはなかなかよく精進しておるようだが、『青眼右足頭(刀)』と『青眼左足頭(刀)』は、もうちょっと腰を据えた方が良いぞよ」(岡田惣右衛門談)

「惣右衛門先生のとこばかりでなく、石巻にあるわしの墓にもお線香をあげに来てネ」(岡田(一條)左馬輔談)

 とのこと・・・。

 まさに、リアル夢想剣(笑)。

 ちょうど先週、石巻で郷土史を調べている方から問い合わせをいただき、岡田左馬輔の石巻での事績について情報交換をしたこともあり、温かくなったら左馬輔夫妻のお墓にお線香をあげに、石巻にいってみようかね。

 そうこうしているうちに、日曜の夜からようやく熱が下がり始め、今朝、体温は平熱となった次第。

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 さて、今日締め切りの旅行雑誌の原稿、間に合うかなあ・・・・・・。

 いや、間に合わせねばならぬ。


 (おしまい)

インタビュー始め/(身辺雑記)

2019年 01月17日 02:38 (木)

 昨日は、今年最初のインタビュー取材。

 広尾の日赤医療センターで、新人看護師さんと災害時に被災地に出動する救護員の看護師さんへのインタビュー。

 日赤の看護師さんたちは、みんな凛々しいね。

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 帰宅後も、医療関係の月刊誌の連載に関する編集作業やら、3月に出る首都圏の旅行雑誌の記事の段取りなどで、深夜まで仕事が続く。

 我々プロレタリアートは、ただ黙々と働くしかない。

 嗚呼、人生不可解。



 日付が変わったころ、ようやく本日の業務がひと段落。

 ちょっとでも稽古をせねばと、稽古着に着がえて柴真揚流の復習。

 深夜の台所で捨て身業の稽古をすると、たいへんなことになるのだなと実感する・・・(爆)。

 小半刻で稽古は終わりにしようと思っていたのだが、側坐核が刺激されてしまい、そのまま柳生心眼流の素振りと実践応用の稽古に突入。

 ひとしきり汗をかき、稽古のシメに当身台へ周転山勢巌での肘当てをぶち込んで、今、深夜2時過ぎ。

 こうしてまた、寝不足になるわけだ・・・(苦笑)。

 さて今日も締め切りが目白押しである。

 とりあえず、とっとと寝て、目覚めたらまた頑張って働こう!

 おー!


 (おしまい)

柴真揚流の稽古で実感する、水月の殺の合理性/(古流柔術)

2019年 01月11日 02:30 (金)

 昨日は、年末からやっていた仕事がひとつ、ひと段落ついたので、早めに仕事を終えた。

 来週からは取材やインタビューが続きさらに多忙になるので、「今日は稽古はサボるかなあ・・・」ということで、久々に近所の焼き鳥屋で宇宙一旨いカシラとネックを食べて軽く一杯やり、帰宅して早めにベッドに入った。

 ところがどうも、気持ちが落ち着かない。

 仕方なく、日付が変わったころにのそのそとベッドからはい出て、いつも通り30分エアロバイクをこぎ、筋トレをしてから、結局稽古を始める。

 しかも、「今週いっぱいは、柳剛流の稽古に専念しよう」と決めていたにも関わらず、飲んで帰ってきてからベッドに入って『天神真楊流柔術極意教授図解』を読んでいたこともあってか、どうにもこうにも柴真揚流の稽古がしたくなってしまった・・・。

 我ながら、なんとも意志の弱いオトコである。

 そこで稽古着に着がえ、「左巴」、「右巴」、「左車」、「右車」、「両手捕」、「片胸捕」、「両胸捕」、「柄捌」、「巌石」と、これまでに学んだ9本の居捕の形、そして小太刀居合の形を復習。

 さらに、当身台を相手に、水月や電光の殺などを実際に当てる稽古。

 ひとしきり的に当身をぶち込んで、ようやく気分もサッパリと落ち着いた。

 これで、安心して寝られるというものだ(笑)。



 最近つらつら思うのは、柴真揚流を学ぶことで、いまさらながらようやく、古流柔術特有の親指を握り込んだ握拳による拳にひねりを加えない突きでの水月の殺(当身)について、

 「なるほど、こうした状況では、このような当てがより有効で合理的なのだなあ」

 という、確かな手ごたえを実感できるようになったということだ。

 実際に的に当身を打ち込む稽古をしていても、たしかに腑に落ちるのである。

 これは、さらに鍛練して、己の業にしていかねばなるまいね。


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 柔(やわら)の当身は、奥が深い。

 (了)

武は仁義の具、暴を誅し乱を救う/(柳剛流)

2019年 01月10日 01:50 (木)

 今週は思うところあって、柳剛流剣術の稽古に専念している。

 その上で、個人的に昨年から課題だったことを、昨日、1つクリアすることができ、ささやかな充実感を感じているところだ。

 それにつけても、仙台藩角田伝の柳剛流剣術は、「右剣」、「左剣」、「飛龍剣」、「青眼右足頭(刀)」、「青眼左足頭(刀)」、「無心剣」、「中合剣(刀)」、「相合剣(刀)」と、わずか8本の形しかない、実にシンプルなものである。

 この8本の剣術形を流儀という巨木の「幹(みき)」として、その「根」には柳剛流居合があり、「枝」として突杖や殺活があり、「花」として長刀(なぎなた)がある。

 先人たちは、この8つの剣術形を錬りに錬り、その上で徹底的な試合稽古(撃剣)を行った。

 現在、仙台藩角田伝の柳剛流を伝承する私たちの鍛練は、形稽古が中心となっているけれど、本来、柳剛流は江戸の昔から試合剣術の雄として名を馳せた流儀であるだけに、撃剣の稽古については、私たちに課せられた今後の課題であろうと思う。



 剣術の稽古の後、今晩のシメは、備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝。

 鏡に写る自分の構えを、防いでいく。

 稽古を終え、しばし黙想しながら、

 「流祖・岡田惣右衛門が、剣に込めた想いに恥じぬ精進を、これからもしっかりと続けなければ」

 と、決意を新たにした次第。

 私の武術人生の「幹」は、柳剛流なのだ。


1805_柳剛流剣術



 夫れ武は仁義の具、暴を誅し乱を救う。
 皆民を保つの所以にして、仁義の用に非ざるなし。
 是を以て之を用うるに仁・孝・忠なれば、即ち天下の至宝なり。
 之を用うるに私怨奸慝(かんとく)なれば、即ち天下の凶器なり。
 故に剣法を知り至誠偽り無きの道、以て謹まざるべけん哉。
                 (「柳剛流免許之巻」より)



  (了)

大根は偉大なり/(身辺雑記)

2019年 01月09日 01:29 (水)

 今年は秋に消費税増税があり、食料品なども軒並み値上げが予定されているとか。

 私のような貧しい庶民にとっては、ますます厳しい一年となりそうだ。

 かと思えば、ツイッターでは現金をばらまく下品な成金が注目を集めているという。

 まるで時代劇に出て来る、廓のお座敷で芸妓や幇間に小判をばらまく、田舎モンの野暮なあきんどのようだ。

 まったく、嫌な時代である・・・。



 増税に物価上昇、先の見えない出版不況の中、今と将来に備えるためには現金を貯めるしかないわけだが、そのためには収入を増やすか、支出を減らすかのいずれかしか方法がない。

 しかし、正月2日から仕事を始め、連日朝から日付が変わるまで働いているにも関わらず、いっこうに生活は楽にならず、原稿料の増収など到底見込めない。

 となると、支出を減らすしかない。

 そこで手っ取り早いのは、食費を削ることである。

 というか、もう食費くらいしか削るところがない・・・(涙)。

 私の場合、取材で出かけていないかぎり、毎日3食、すべて自炊である。

 そしてこの季節は、大根がたいへん旨い時期だ。

 おつけの具にしたり、糠漬けにしたり、大根サラダにしたり、あるいは乱切りにして味噌と酒で煮詰めながら炒めるとちょっとしたつまみにもなる。

 なにより大根は、たいへんに安い。

 大根は、偉大なり!

 一方で、大根を調理すると、どうしても皮が生ごみになってしまうわけだが(葉っぱは菜飯にしたり、おつけの具にしている)、毎日大根ばかり食べていると、それが結構な量になるのである。

 これをなんとか有効利用できないかと思い、知恵者の親しい人に教えを乞うたところ、天日干しにしてきんぴらにすると旨いという。

 そこで早速チャレンジしてみた。



 朝、ダイコンのおつけを作った際、かつら剥きにした大根の皮を、網に入れてベランダに干す。

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 夕方、これを取り入れて、夕食の調理時にざっと刻み、醤油・みりん・砂糖で味付けをして、きんぴらにしてみたところ、オッサンの手料理ゆえ見た目はあまりよくないが、これがなかなかに旨い!!

 そして、これもまた倹約のために今年は平日の晩酌を禁止にしているので、この大根のきんぴらは今晩のおかずの一品となったのだが、酒の肴にもぴったりであろうことは間違いない。

 ぬる燗の本醸造あたりに、よく合うだろうなあと、しみじみ思った次第。

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 ま、このようにして、貧しい庶民は爪の先に灯をともすようにして、生活防衛をしていくしかないわけだ。

 ああ、野田岩の志ら焼で軽く一杯やってから、うな重(桂)が喰いたいねえ。

 いや、天ぷら近藤で、転がしながら30分以上揚げる、名物のさつま芋もいいなあ。

 人形町今半のすき焼きも、寒い時期はオツなもんだぜ。

 ・・・・・・。

 大根、アクバル(偉大なり)!!


 (おしまい)

別董大/(箴言集)

2019年 01月08日 09:45 (火)

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十里黄雲白日曛
北風吹雁雪紛紛
莫愁前路無知己
天下誰人不識君

十里の黄雲、白日曛(くら)し
北風、雁を吹いて雪ふんぷん
愁う莫(な)かれ、前路に知己無きことを
天下、誰人か君を識らざらん

                       (高適「別董大」)



 (了)

稽古始め/(武術・武道)

2019年 01月05日 23:07 (土)

 本日は、翠月庵の稽古始め。

 まずは手裏剣術。

 私は、今年は初心にかえって、5間打ちの精度と威力を向上しようと考えているので、長剣での5間打ちに集中。

 次いで、刀法併用手裏剣術。「先」から「前後敵」まで、7本の形を打つ。

 その後は、甲陽水月流柔術、初伝逆取と逆投を復習。

 小休止の後は、柳生心眼流。

 向い振りで、「表」、「中極」、「落」を、次いで相対にて「表」と「中極」の形を打つ。

 もはや野外の稽古場でも、躊躇することなく、心眼流の形を相対で打てるようになったので、ばんばんと返しも行う。

 受を執る私も、だいぶ軽やかに返しの受けができるようになってきた。

 形を打つに当たっては、捕も受も、3つの丹田への収気と発力をしっかりと意識することを丁寧に指導する。

 心眼流の後は、柳剛流の稽古。

 備之伝とフセギ秘伝の稽古を行い、次いで剣術形8本を丁寧に復習する。

 仕太刀を執るY氏の動きが、かなりこなれてきた。

 昨年初夏に切紙となって以来、本人なりに剣術稽古に精進した成果が、少しずつ現れてきたのは、師匠としてもうれしい限りだ。

 特に目録・柳剛刀の受けの太刀筋が、しっかりと極まるようになってきた。

 さらに柳剛流突杖の形を打ち、本日の稽古は終了。

 私としては、柴真揚流の形も、ひと通り取りたかったのだが、しかたがあるまい。自宅でひとり稽古をします・・・(苦笑)。

180512_柳剛流
▲柳剛流剣術 備十五ヶ条フセギ秘伝の相対稽古


 さて、今年も1年、翠月庵一同、ケガなく、楽しく、真摯に稽古をしていきましょう。


 (了)

冬の課題図書/(武術・武道)

2019年 01月02日 22:35 (水)

 世の中はいまだお屠蘇気分真っ盛りなのだろうが、私は今日から仕事はじめであった。

 朝から日暮れまで机にかじりついて、外国人技能実習制度に関する4500文字のルポルタージュの記事を執筆した。

 今年は、じゃんじゃん金を稼ぐぜ!



 仕事が終わり、軽く晩酌。

 その後、いつもなら筋トレ&稽古なのだが、まだ三が日も明けていないので、今日はさぼって越路太夫が切を務める『加賀見山旧錦絵』の長局の段をBGMにしながら、ゆっくりと読書。

 『天神真楊流柔術極意教授図解』を紐解く。

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 世に柔術流派は数多くあれども、これほど早い時代に、流儀の本体となる技法群を詳細に解説した書物を、公刊した流儀はないのではなかろうか。

 かつて、天神真楊流の久保田敏弘先生から、同流の手解、そして初段の居捕と立合をご指導いただいたのだけれど、当時まだ私は高校生だったこともあり、残念なことに継続的に伊豆・修善寺の山奥から東京・文京区(だっかたな・・・)の体育館まで稽古に通うことができなかった。

 すでにあれから四半世紀以上が過ぎて、今となってはほとんど形を覚えていない・・・。

 ただし形稽古の後、柔道形式の乱取りで、ぎゅうぎゅう絞られたことは、よい思い出だ。

 おかげでグレイシーではやる前から、乱取りでの裸締め(チョークスリーパー)や袖車締め、送り襟締めなどを得意技にすることができた。

 ま、そんだけ乱取りで、ぎゅうぎゅうやられたということデス(苦笑)。

 たしか久保田先生のほか、Sさん(?)という高弟の方がいて、この方にもずいぶんと乱取りで稽古をつけていただいた記憶がある。

 真楊流の形では、「連拍子」という形でよく吹っ飛ばされたことと、隅返しでキレイに投げられたことは、特に強く印象に残っている。

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 あれから34年・・・・・・。

 巡りめぐって今、私は水月塾で、同じ楊心流系の古流柔術である柴真揚流を学んでいる。

 また、水月塾の必修である甲陽水月流柔術も、楊心流柔術の事理を採用しているという。

 これもまた不思議な縁だなあと、しみじみ思う正月二日の夜であった。

 (了)

謹賀新年/(武術・武道)

2019年 01月01日 00:22 (火)

 新年、明けましておめでとうございます。

 本年も、武術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部を、宜しくお願いいたします。

                                    平成31年元日 翠月庵主 謹識


1706_柳剛流「右剣」