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半畳一畳二合半/(身辺雑記)

2018年 09月30日 02:02 (日)

 雨が降ると、天下の野天道場である翠月庵の定例稽古は中止である。

 世の中の酸いも甘いもかみ分けた六無斎とて、泣く子と天気には敵わない。

 そこで昨日は、やむなく自宅にて稽古。

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 台所の床に敷いた一畳の畳表の上が、本日の稽古場。

 たった一畳の「場」でも、柳剛流の稽古は存分にできる。

 居合はもちろん、剣術も突杖も、殺法の当身もここで稽古をする。

 さすがに長刀(なぎなた)は思うさま振るうことはできないが、ある種の鍛練はこの一畳の上でできる。

 稽古の後はたたんですぐにしまえ、軽くて持ち運びも簡単。

 これさえあれば、草庵の一間でも、蒼穹の下でも、いつでもどこでもそこが稽古場だ。



 起きて半畳寝て一畳、天下を取っても二合半。

 而して死ねば一握りの骨舎利。

 しょせん儚き人間の一生。



 だからこそ天下御免の無一物として、行雲流水のごとく自由に生きたいものだと、しみじみ思う。


 (了)
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柳剛流居合における「胴造り」/(柳剛流)

2018年 09月28日 01:20 (金)

胴造りは、足踏みを基礎として両脚の上に上体を正しく安静におき、腰をすえ、左右の肩を沈め、背柱および項(うなじ)を真直ぐに伸 ばし、総体の重心を腰の中央におき、心気を丹田におさめる動作である。(全日本弓道連盟、弓道教本第一巻より)




 過日の水月塾本部稽古では、師より柳剛流居合について、弓道でいうところの「胴づくり」に当たる部分に関し、たいへん重要なご指導をいただいた。

 「跳斬之妙術」「断脚之太刀」を真の「業」とするために、柳剛流の修行において居合による鍛錬は欠かすことのできないものである。

 故にその運刀は、身体的にたいへん負荷のかかる厳しいものだ。

 それゆえ、自分ひとりで稽古を続けていると、知らず知らずのうちに、「楽な動き」「間に合う動作」となってしまいがちである。

 このため本部稽古では、改めて柳剛流居合における正しい「胴造り」について、師よりご指摘を受け、それを正すための口伝をいただいた。

 今晩もその口伝に従い、身体に沁み込むように、丁寧に、1本目「向一文字」の形を繰り返す。



 ここしばらく比較的容易に跳べると感じていたものが、実際には「楽をして、間に合わせていただけ」であり、柳剛流の正しい胴造りに基づいての跳び違いの鍛練は、まことに厳しい。

 しかし、だからこその鍛錬であり、修行なのだ。

 誤った身体の動きを解体し、正しい動きによる運刀を身体で再構築しなければならぬ。


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▲柳剛流居合 「右行」


 (了)

剣術と居合の相互補完/(柳剛流)

2018年 09月26日 01:52 (水)

 どうも今月は、仕事にあまり身が入らない。

 夏バテ、秋バテの不調を引きずって、集中力に欠けているようだ。

 それでも稽古だけは、日々コツコツと続けている。

 稽古をして上達したいという以上に、稽古を怠って下達することが怖ろしいのである・・・。



 今晩は柳剛流の稽古。

 備之伝、備十五ヶ条フセギ秘伝から、剣術は「右剣」から「相合剣」までをおさらい。

 その後は、居合一本目である「向一文字」を繰り返す。

 地味だが、身体的に厳しい稽古だ。

 柳剛流居合が、鍛錬形であるということをしみじみと実感する。

 しかし、この鍛練があってこその「断脚之太刀」なのだ。

 このように、剣術と居合の明確な相互補完を身をもって体感できるのも、剣・居・杖・長刀・殺活等を擁する総合武術たる、柳剛流兵法の魅力と言えるだろう。


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 身のかねの位を深く智ふべし
       當めねとどまることのふしぎさ(柳剛流 武道歌)



 (了)

 

A Midsummer Night's Murder/(身辺雑記)

2018年 09月25日 11:31 (火)

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 昨日で、国立劇場の9月文楽公演が千秋楽を迎えた。

 私も過日、第一部の「良弁杉由来」と「増補忠臣蔵」から、第二部の「夏祭浪花鑑」までを通して鑑賞。

 文楽三昧の1日を楽しく過ごした。

 今回、楽しみにしていたのは、やはり「夏祭浪花鑑」。

 11年ぶりの本格的な上演ということで、住吉鳥居前の段から田島町団七内の段までを約4時間、たっぷりと鑑賞。

 「釣船三婦内の段」では、人間国宝・吉田蓑助による、妖艶さと侠気という対極の美を併せ持つ徳兵衛女房お辰という、至高の人形遣いを間近で見ることができたのは、まさに一生の宝であった。

 また、「夏祭浪花鑑」最大の見せ場である長町裏の段では、勘十郎の団七九郎兵衛と玉男の義平次によるダイナミックな泥場、そして織太夫と三輪太夫の臨場感あふれる見事な語りに、

 「ああ、やっぱり文楽はいいなあ・・・」

 としみじみ感じる、至福のひと時を過ごすことができた。



 「夏祭浪花鑑」は歌舞伎でもよく上演されるが、生身の人間が演じる歌舞伎では、どうしても泥場がバタ臭く、野暮になる。

 歌舞伎ならではのケレンの在る演出が、真夏の深夜、血まみれ泥まみれの殺しの場面という長町裏の段では、かえって鼻につくのだ。

 それに対して文楽では、本来無機物である人形が人形遣いによって命を吹き込まれた上で、真夏の暗闇での殺し合いを、ある種観念的に演じる。

 ここに文楽人形浄瑠璃ならではの、「凄み」を感じるのだ。

 道具に命を吹き込み自在に操るということは、ある意味で、我々のような剣術遣いにも通じる心技があるというのもまた、私にとっての文楽の大きな魅力である。

 さて、次の三宅坂での公演は12月。

 今から楽しみだ。


 (おしまい)

9月の水月塾本部稽古~柳剛流、甲陽水月流、柴真揚流/(武術・武道)

2018年 09月24日 11:12 (月)

 昨日は水月塾本部での稽古。

 午前中は、柳剛流居合を師にみていただく。

 折敷の姿勢をはじめ、跳び違い、抜き付け、斬り下ろし、納刀などについて、丁寧に手直しをしていただき、これを念頭に形を繰り返す。



 昼食後の伝書講義では、明治期に記された荒木流の目録を拝見、師よりご解説をいただく。

 なかでも家居段(いあいのだん)の項目は、私たちが稽古・伝承している荒木流抜剣と形の名称が、一部当て字ながらほとんど同じであることがたいへんに興味深い。

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 午後の前段は、水月塾制定日本柔術(甲陽水月流)の奥伝逆投の稽古。

 今回は人数が多いので、できるだけ相手を変えながら形を打つ。

 なかでも「逆背負」という技は、取が受を背中合わせにして右腕の逆を決めつつ逆背負いに投げ落とし、受は投げられながら後転して立って受けるという荒業だ。

 こうした技は柳生心眼流にも類技があるので、心眼流を学ぶ者として、特に念を入れて受も取も積極的に行った。



 午後の後段は、師より、柴真揚流を専科として稽古を続けているN氏の相手を務めるようにということで、私は初めて柴真揚流を稽古させていただいた。

 N氏と受と取を交代しながら、「左巴」、「右巴」、「左車」、「右車」の形を打つ。

 これがまた、実に楽しく興味深い!

 柴真揚流は当身が多いのが特徴の柔術だと聞いていたけれど、これはもうほとんど当身拳法である。

 イメージとしては、楊心流系の柔術をベースにして、徹底的に当て殺すといった感覚だろうか。

 強烈な蹴当や肘当を次々と繰り出し、また形の裏として取のかける技が不十分な場合、受は即座にそのまま捕手技として相手を制圧。ここでも激しい当身が入る。

 これは、なんとも私好みだ(笑)。

 N氏の稽古相手を務めさせていただくはずが、すっかり私の方が夢中となり、師やN氏にご指導をいただきながら何度も繰り返して形を打った。

 今後もぜひ、N氏の稽古相手を務めさせていただきながら、柴真揚流を習得していきたいと思う。

 ただし、なにしろ五十路目の前の老兵ゆえ、若い人が1回で5手覚えるところを、私は1~2手くらいしか覚えられない(苦笑)。

 しかしそこはそれ、亀のようにゆっくりとした歩みでも、一手一手、着実に習得していきたいと思う。

 

 稽古後は、いつものごとく師に同道させていただき、馬モツと極上の原酒で小宴。

 ほろ酔い気分で家路についた。

 (了)

茶湯者朝夕可唱語/(身辺雑記)

2018年 09月22日 01:25 (土)

 空手の稽古をするとその反動で・・・というわけではないが、木曜と金曜の稽古では、いずれも柳生心眼流に集中した。

 表、中極、落、切の素振り28ヶ条を中心に、それぞれの向振、そして取放、取返、小手返の各動作の復習。さらに鍛練として、天の振りから横周天の振りまでの単独素振り稽古13ヶ条、そして実践応用の各技法をおさらい。

 特に周天山勢厳からの捌きや当ては入念に反復。畳をビッグミット代わりにして、打ち込みも繰り返す。

 やはり拳法たるもの、実際に当ててなんぼである(笑)。



 稽古の後は茶を一服し、心気を整える。

 利休の高弟であった山上宗二は、茶の湯の秘伝書である『山上宗二記』において、茶の湯者が朝夕唱えるべき語(修行の指針)として、


 一、志 二、堪忍 三、器用
 (高い志を持つ 困難な状況にも耐える 巧みにやり遂げる)



 の3つを上げている。

 これは、伝統武道の修行においても同様ではなかろうか。

 業を磨き、術を養い、伝来の技芸を後世に伝承しようという高い志を持ち、よき社会人として生活をしながら弛まずに稽古を続け、鍛錬も稽古も、演武も試合も巧みにやり遂げることが大切なのだと思う。

 

 さて、本日は翠月庵の定例稽古だが、晴れるかな?

 先週、先々週と2週続けて休みだったので、久々にせいせいと手裏剣を打ち、柳剛流の組太刀にじっくりと取り組みたいものだ。


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 (了)

古流ローハイの掛手/(武術・武道)

2018年 09月20日 10:52 (木)

 昨晩は空手の稽古。

 基本~移動基本の後、糸東流のA先生に、指定形のバッサイ大とマツムラローハイをご指導いただく。

 古流の空手に造詣の深いA先生の指導は、「この動きは、本当はこうなんだが・・・」という部分がたいへんに興味深い。

 今回の稽古でも、指定形のマツムラローハイにある開手の受けからの巻き込みについて、「古流のローハイでは巻き込みではなく掛手となる」とか、バッサイ大についても「糸洲のバッサイでは、ここは単なる転身ではなく、寄り足での打ちとなる」といった指導がたいへん勉強になった。

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▲掛手



 私のような、形試合には興味のない、ロートルのひねくれた空手稽古者には、むしろこういう古い形の遣い方が学べる稽古がたまらなく楽しいのである(笑)。

 掛手から相手を固定しての当てや打ち、投げ技は、現代の組手競技ではほとんど使われることがないが、武術としての空手ではたいへん重要な業だ。

 個人的には、こうした技の数々を、丁寧に稽古していきたいと思う。

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▲掛手受け(道原伸司先生著『図解コーチ 空手道』より)

 (了)

缶を鼓ちて歌はざれば、則ち大耋の嗟あらん/(身辺雑記)

2018年 09月19日 01:20 (水)

 今晩は半刻ほど荒木流抜剣(いあい)を遣う。

 はじめは柳剛流の居合をやろうと思っていたのだが、ウォ―ミングアップに荒木流をひと通り抜いたところ、ツボにはまりそのまま続けてしまった・・・(苦笑)。

 真剣で居合を遣った後は、当然ながら手入れが欠かせない。

 拭いをかけた後、しばし地鉄と刃文、そして体配を鑑賞。

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 監獄長光は、美術刀剣の目利きではたいした価値のないものとされるが、私にとってこの一口は、美しく、そしてなにより剛毅で頼りになる相棒である。

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 稽古後、夕餉を済ませた後は、秋虫の音を聴きながら朱子の『周易本義』をひも解く。

 ここ最近、私の課題は離九三である。

 曰く。

九三。日昃(かたむ)くの離なり。缶(ほとぎ)を鼓(う)ちて歌はざれば、則ち大耋(だいてつ)の嗟(なげき)あらん。凶なり。

(離九三は内卦の終り、外卦との間にあり、日(内卦)の明るさは尽きようとしている。日が傾きまた日が昇る形であり、これから夜を迎えて人生が終わろうとする時。老いて死ぬのは天地の理である。だからこそ今は酒を呑み、器を叩いて拍子をとり、歌を唱って余生を自ら楽しめば心安らかとなろう。しかし、余命短いことを嘆き悲しめば、心乱れて凶なり)




 この秋に満49歳、数えではすでに五十路となっている身からすると、東洋哲学の最高峰に立つ易経が示す離九三の爻辞は、実に身につまされる。

 特に今年は、夏の異常な暑さのせいか夏バテならぬ秋バテとなってしまい、ここしばらくなんとなく身体の調子がよくない。

 しかし、日々年々衰えゆく心身を嘆くのではなく、今この時の、己のありのままで文武を楽しめということか・・・。


 (おしまい)

六無斎の憂鬱/(身辺雑記)

2018年 09月17日 02:57 (月)

 世間様は今日まで三連休とのことだが、無一物のモノ書きは、昨日も今日も家から一歩も出ることなく、一文字数円の売文稼業に励む。

 人生は過酷だ。生きていくためには金がいる。

 とはいえ、日がな一日、机にかじりついていると、全身がすっかり固まってしまうようだ。

 おまけに最近は老眼に加えてドライアイがひどく、夕方を過ぎると目の疲れが甚だしい。

 歳は取りたくないものである・・・。



 玄米に一菜一汁と酒二合半の遅い夕食を済ませ、久しぶりに名画『マウス・オブ・マッドネス』を見ながら一刻半ほど休憩。

 そして稽古着に着がえ、柳剛流居合の形を打つ。

 「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」

 という六無斎たる私にとっては、愛刀監獄長光を腰に帯び、無心で飛び違いながら柳剛流の剣を振るう、このささやかなひと時は、毎日の静かな暮らしの中での大切な時間だ。

 それにしても今晩は、跳び違いのキレが悪い。

 半刻ほど抜き差しを繰り返し、ようやくキレの悪さが改善できた。

 太刀の道に従い、飛ばずに跳ぶ。

 これがいつでも、初太刀から自然にできなければならぬ。

 

 そして稽古の後、つらつらとこんな駄文を書いていたら、時刻はもう丑三つ刻。

 物の怪たちが蠢く時間である・・・。

 それではひと風呂浴びて、休むとしよう。

 夜が明けたら月曜中に、2,000文字の旅モノの原稿を書き上げねばならぬ。

 南無八幡大菩薩。


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▲柳剛流居合の鍛練に欠かせないのが新聞紙。この上で跳び違いながら抜刀と斬撃を繰り返し、新聞紙が破れないようになれば半人前というところか

 (了)

世の剣家は皆、斬足之法有るを知らず/(柳剛流)

2018年 09月14日 12:31 (金)

 柳剛流に関する史料のなかでも、三重県玉城町のM氏所蔵といわれる『奉献御寶前』は、まだ流祖・岡田惣右衛門が存命であった文政3(1820)年に作られた奉納額の写しであるという。

 そこには、柳剛流の真面目である脚斬り=断脚之太刀について、次のように記されている。


 先生嘗曰世剣家皆不
 知有斬足之法故学者
 以斬足為愧雖然有戦
 場不斬足之理乎是以
 甲冑即裏脚之具此備
 斬脚明矣是余所以創立
 斬足之法也先生以
 竹片像甲冑使門下之
 子弟専学斬脚之法


(先生はかつてこうおっしゃった。「世の剣術家は皆、脚を斬るという業の理合を知らない。故に剣を学ぶ者は、足を斬ることを愧(は)じとしている。しかし戦いの場においては、足を斬らないということはない。それは甲冑に脛当てがあることからも明らかである。こうしたところから編み出したのが、斬足之法なのだ」と。先生は撓や防具を使い、門下の弟子たちはもっぱら脚を斬る業を学んだ)





 では、どのようにして相手の脚を斬るのか?

 単に拍子の先をとって足を打つといった、反射神経と運に頼った技であれば、それは到底、「法」や「術」とは言えまい。

 柳剛流の「斬足之法」には、脚を斬るための「法」(理合)があり、それを剣技の勝口(かちくち)とする「術」(テクニック)がある。

 こうした「法」や「術」の理論と実践が、柳剛流を志す者が最初に学ぶ剣術形である「右剣」と「左剣」に、あるいは「当流極意柳剛刀」として目録で伝授される6本の剣術形にある。

 流祖没後190有余年が過ぎた平成の今も、柳剛流を受け継ぐ我々は伝来の形をもって、その「法」と「術」を日々練磨するのだ。


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▲「法」に沿い、「術」を以って相手の脚を斬る、柳剛流剣術の「左剣」


 (了)

稽古をつけてもらう/(武術・武道)

2018年 09月13日 12:34 (木)

 最近は便利になったもので、ネットでちゃちゃっと検索すれば、いろいろな流派の演武やセミナーなどの動画が見られる。

 それらをつらつらと見ながら、「なるほど、〇〇流の××という形は、こういうものなのか・・・」などと、刺激を受けることも少なくはない。

 しかし、武芸の修行においては、動画はあくまでも映像であり、それを見る事だけで形=業=術を習得することはできないのは言うまでもない。

 あくまでも、参考や確認程度のものである。

 昔、古流の旧師や空手道の先生方によく言われたのは、「あまり鏡を見るな」ということであった。

 古流でも空手でも、稽古の際に、鏡で自分の動きを確認することはよくある。

 ことに自宅での一人稽古などでは、鏡は重要な稽古の補助具である。

 しかし、稽古で鏡ばかり見るクセがついてしまうと、鏡に写った自分の動きにとらわれて、対敵動作として正しい目付や打突・斬撃の間合がくるってしまうことがあるので注意が必要だ。

 同様に動画というものについても、他者・他流の業を見るにせよ、己の動きを確認するにせよ、あくまでも補助的・参考程度にしておかないと、かえって上達の妨げになることがある。

 武芸の修行において、自分の動き=業を正すには、師や先輩に直接稽古をつけてもらうことがなによりも重要だ。



 人形浄瑠璃文楽の人間国宝で、「文楽の鬼」と呼ばれた故・竹本住大夫氏は、「録音テープは叱ってくれない」として、次のように語っている。

 私の知るかぎり、録音テープで浄瑠璃を自分のものにした大夫はおりません。録音したものをいくら自分の家で聴いたところで、テープからは自分の力のぶんだけしか取れません。自分の力以上のものを持ってはる師匠や先輩方にその場で訊くほうが、ずっと沢山のことを教えて貰えますし、まなぶことができます。
 何より、テープは自分の浄瑠璃のまずいとこを叱ってくれますか。それが半年、一年、五年、十年・・・・・・と積み重なったとき、大きな差となって芸にあらわれてきます。(『人間、やっぱり情でんなぁ』竹本住大夫/文春文庫)




 これは武芸の修行もまったく同じで、動画や鏡は、自分の形=業=術のまずいところを叱ってくれない。

 だからこそ、師や先輩方に打太刀を執ってもらい、あるいは稽古をみていただき、まずいところを手直しをしてもらうことが、武芸の稽古ではなによりも大切なのである。

 また他者・他流の業についても、映像を見るだけでは、その本質は分からないのだと自戒しておかなければならない。

 時折、動画などを見ただけで他者・他流の業を分かったような気になっている人がいるが、そういう者は実際の対敵において、思わぬ不覚をとることになるだろう。

 百聞は一見に如かず、一見は一触に如かずである。

 (了)
 

「備十五ヶ条フセギ秘伝」、「防御」、「かげをおさゆるという事」/(柳剛流)

2018年 09月08日 02:00 (土)

 深夜、木太刀を手に鏡に向かい、柳剛流剣術の備之伝、そして備十五ヶ条フセギ秘伝の稽古。

 鏡に写った我の構え(備之伝)に対し、それを防ぐ構え(備十五ヶ条フセギ秘伝)をとる。

 その我の構えをさらに防ぐよう、次の構えをとる。

 これを繰り返す。

 鏡に写る己の構えを防ぎ続けていると、いつしか薄っすらと汗ばんでくる。



 ここから一歩踏み込んで考察すると、ただ相手の構えを防ぐだけでは一身の斬り合いに勝つことはできない。

 なぜなら、相手の構えを防ぐ我の構えを、相手はさらに防ごうとし、それをまた我が防ぐと、再び相手はそれを防ぐ・・・。

 これではまるで「永劫回帰」だ。

 ゆえに、クラウゼヴィッツは『戦争論』における「防御」の項目において、

防御によって彼の攻撃が破砕されたら、その有利な状態を利用して必ず逆襲攻勢を発起し追撃せよ。


 と教えている。

 では太刀打ちのなか、備フセギ秘伝によって相手の構え(攻撃)を防いだら、どうするべきなのか?

 その答えは、たとえば宮本武蔵が『五輪書』でいうところの「かげをおさゆるといふ事」である。

 彼の構えに対して、我はそれを防ぐ構えをとる。

 その際、

敵のおこるつよき気指しを、利の拍子を以てやめさせ、やみたる拍子に我勝利(かつり)をうけて、先をしかくるもの也。


 ということだ。

 今晩の稽古ではふと、こうした理に思いを致した次第。


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 (了)

文楽人間国宝・鶴澤寛治氏逝去/(身辺雑記)

2018年 09月07日 10:08 (金)

 9月5日、人形浄瑠璃文楽の三味線奏者で人間国宝の七世・鶴澤寛治氏が逝去した。

 89歳であった。

 私が寛治氏の三味線を最後に聞いたのは、今年5月、国立劇場での『本朝廿四孝』景勝下駄の段で、太夫は竹本織太夫であった。

 「芸歴80年」と評された寛治氏の奏でる太棹は、枯れた中に味わいのあるたいへん美しいものであった。

 ご当人の最後の演奏は、8月7日までの夏休み文楽特別公演『新版歌祭文』野崎村の段で、千秋楽までを務めあげたという。

 生涯現役の文楽三味線奏者であった。

 ご冥福をお祈りいたします。


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「テープで覚える人が多くなった。覚えが早くなって、達者に弾く方もおられましょうが、どういう気持ちで弾いているのか。(中略)。テープは確認のためのもの。水に浮かした氷と同じで、師匠にけいこをつけてもらうことで、氷の下の中身が分かる。上辺だけ分かっても神髄は極められない。自分で会得していかないと」(鶴澤寛治/『歌舞伎・文楽インタビュー』http://www.nohkyogen.jp/kensyo/int/bunraku-kabuki/39/39i_tsyrusawa.htmlより)



 (了)

柳剛流居合 向一文字/(柳剛流)

2018年 09月06日 00:46 (木)

 総合武術である柳剛流において、居合の形はわずか5つしかない。

 たった5本の形を朝鍛夕錬することで、柳剛流の真面目たる跳斬之術(跳び斬り)に欠かすことのできない地力と体捌き、体幹の強さ、太刀行きの速さと正確さ、そして相手を二万由旬の地獄の底まで斬り伏せる気勢と肚(ハラ)を養うのだ。

 なかでも、その根本となるのが、1本目の「向一文字」である。

 5本目の「切上」の形を除けば、その他3つの形は、全て「向一文字」の応用変化にすぎない。

 故に柳剛流を修行する者は、生涯をかけてこの「向一文字」という形に向き合っていくこととなる。

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 この秋は改めて、柳剛流居合にじっくりと向き合っていこうと思う。


 (了)

気鬱を斬る/(柳剛流)

2018年 09月05日 01:10 (水)

 昨日は、「午後から原稿を書くか・・・」とかいったもののどうにも筆が進まず、結局、早々に机から離れて夕方から晩酌をし、19時過ぎには酔いつぶれて寝てしまった・・・。

 そして目覚めると、23時すぎ。

 稽古着に着がえ、木太刀を手にとり柳剛流の稽古。

 まずは「備之伝」、そして「備十五ヶ条フセギ秘伝」のおさらい。

 次いで、先日の本部稽古で師に手直ししていただいた部分を念頭に置きながら、「右剣」と「左剣」、「飛龍剣」そして「青眼右足刀」の形を丁寧に繰り返す。

 特に柳剛流剣術における、「断脚之太刀」の精華のひとつである「青眼右足刀」について、ここ数カ月、太刀筋に迷いがあったのだけれど、それがようやく解消つつある手ごたえを感じる。

 さらに突杖では、杖の操作と運足について、やはり先日の本部稽古でご指導をいただいたので、こちらもゆっくりと丁寧に確認しながら繰り返した。



 火曜になって右腕のしびれが治まったかと思ったら、天気のせいか今度は夕方から左手首の神経痛がひどく、気分も鬱々としていたのだが、しばらく木太刀と杖を振るって稽古に没頭すると、なんとはなしに気分が晴れて来るから不思議だ。

 さて日付も変わったことだし、ひと風呂浴びて、もう一度寝なおすとするかね。


 (了)

侘び者/(身辺雑記)

2018年 09月04日 12:12 (火)

 夏の疲れがたまっているからだろうか、どうもここ数日体調がよろしくない。

 なんとなく下丹田に力が入らず、気力が出ない感じである。

 また、持病というか古傷というか、右肘から右手へのしびれがひどく、日・月と2日間、稽古を休んだ。

 土曜に手裏剣、打ち過ぎたかナ・・・。

   *  *  *  *  *  *

 数えではすでに知命の歳を迎えてしまっただけに、身体の節々にガタがきていて、台風が近づいてくる今日のような日は、そこら中が痛い。

 若い頃、壮年の師範や先輩方が、「雨の前は、昔切ったアキレス腱が痛くてなあ・・・」などとちょっと足を引きずったりしていると、「なんだか古強者みたいで、ちょっとカッコイイな」、などとのんきに思ったりしていたのだけれど、実際に自分がそういう歳になり、気圧が変化するたびに本当に昔切ったアキレス腱やら、痛めた首や肩、ひじや膝などがシクシク痛むと、「やれやれ、難儀なこった・・・」と、しみじみ辛いものがある。

   *  *  *  *  *  *

 若い頃はなんとも思っていなかったどころか、むしろそれを誇っていた風ですらあるのが稽古のケガと貧乏だ(爆)。

 組太刀で指を折られたとか、組手中に骨折してもそのまま試合を続けただとか、そういう武勇伝を誇っていられるのも若いうちのことであり、40も半ばを過ぎると、そんな昔のケガがどんどん蓄積して、実に難儀なことになる。

 同様に若い頃は、「宵越しの金は持たねえ!」とばかりに、入金されたギャラはパーッと使い、身分不相応な酒池肉林の巷で遊びほうけてきたわけだが、あと10年で還暦というこの歳になって、驚くべきことに貯蓄も資産もなにも無いという現実に直面すると、

 「ああ、今、ケガや病気で2週間入院とかしたら、オレは一発で生活保護だな・・・」

 という事実を思い知らされ、やむを得ず玄米と一菜一汁の質素な食事をしながら、500円、千円といった小金を貯めていくわけだ。

 そんな毎日の中で、

 「ああ、たまには、駒形・前川の白焼きや三栄町の北島亭の三重牛ランプ肉ステーキが食べたいなあ。広尾のアッカは、もうとっくに店をたたんじまったのか。池袋のうな鐵も最近は店を改装してちょっとお高くなりやがって、思うさま呑めなくなったなあ・・・」

 というようなことを考えていると、

 「手裏剣術範士8段の免状をいただけないでしょうか? 650万円、キャッシュでご用意しましたから、うへへへ・・・」

 などという佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう心のよこしまな人。佞者)の甘い囁きにも、簡単に転んでしまおうというものである。

 貧すれば鈍すとは、いったものだ。

 私なら650万どころか100万、いや50万、いやいや30万でも、手裏剣術範士8段の免状を出してやるぞ。

 ま、いくら金を積んでも、ちゃんと稽古をしないと手裏剣は刺さんないけどな(笑)。

   *  *  *  *  *  *

 昨晩、井伊直弼の『茶湯一会集』を読んでいたところ、「侘者(わびしゃ)」という言葉に目がとまった。

 ここでいう侘者というのは、粟田口の善法やノ貫(へちかん)といった、高価な茶道具を持たずに茶の湯の業前と作分(創意工夫)のみで、名だたる金持ち茶人たちと並ぶ高名を謳われた、質素で貧しい侘び茶人のことである。

 今日庵文庫長で茶道資料館副館長の筒井紘一氏によれば、語義をたどるとそもそも「侘」というのは、手元不如意、つまり「貧乏」の意であったという。

 そういう意味では、30年前に旧師からいただいた居合刀を修理しながら遣い、10年前に買った袴の破れを繕いながらはき、5年で切先が5分も短くなった手裏剣を大事に打ち、そろそろ雪駄の底が削れて破れてしまいそうなのだが新しいのを買おうかどうしようかもう2週間も迷っているっている私などは、さながら「侘び武人」である。

 とはいえ、五十路にして味わうこうした侘び暮らしも、全て若いころからの自分の不徳の致すところであり、誰かのせいでこうなったわけではないので、特段後悔はない。

 むしろ、通勤ラッシュの苦労もなく、上司からパワハラを受けたり、出来の悪い部下に苦労させられたりすることもなく、締め切りさえ守ればいつ仕事をしようが勝手次第の気楽なフリーランス人生を謳歌している。

 そんなわけで今日も、午前中はんなとなく原稿書きに気乗りがせず、こんな駄文を書いてお茶を濁しているわけだ。

 さて午後からは、1本200文字1500円のインバウンド向けの旅行記事の原稿を、夕方までに10本くらい書くとするかね。

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古人のいわく、茶湯名人に成りての果ては、道具一種さえ楽しむは、弥(いよいよ)、侘び数寄が専らなり。(『山上宗二記』より)




 (おしまい)

11周年/(手裏剣術)

2018年 09月01日 21:55 (土)

 本日の定例稽古で翠月庵は結庵から11周年となり、次回からは12年目を迎える。

 長いようで短い11年。継続は力なりである。

 初心にかえり、今日の稽古では存分に手裏剣を打った。

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▲5間間合から的に対すると、だいたいこんな距離感である



 基本の直打。

 5間打ちでなんとかギリギリ尺的というのは、10年以上も手裏剣を打っているわりにはお寒い業前であるが、ま、仕方があるまい。これが今の私の実力だ・・(苦笑)。

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▲板金を打つ心(フルパワー)の打剣で、4寸的に入らない・・・



 次いで久々に、翠月庵の手裏剣術の特長である、脇差を手裏剣に打つ「飛刀術」の稽古をみっちりと行った。

 久しぶりなので、最初の2~3打はいささかてこずったが、だんだんと調子が復活。

 翠月庵で編纂した飛刀術の形である 「上段」、「八相」、「脇構」、「切先返」、「鞘遣上下二刀」、「抜打」で、それぞれ2間~2間半間合から、ガンガンと脇差を的に打ち込む。

 手裏剣があまり上達していない(というか、ちょっと下手になったかも・・・)のに対し、飛刀術は以前よりも調子が良いのはどういうことか・・・?

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▲脇差を手裏剣に打つのは古流剣術の諸流派でもよくみられる遣い方だが、実際に脇差を打って標的に突き刺す稽古を普段からしていないと、現実的にはほとんど刺さらない。何ごとも、実地で鍛練することが重要だ



 稽古のしめは、刀法併用手裏剣術。

 翠月庵制定の「先」、「抜打」、「右敵」、「左敵」、「後敵」、「鞘之内」、「前後敵」の7本の形を繰り返して、本日の稽古は終了。

 稽古場の気温は29度ほどと低めだったが湿度が異常に高く、まるでミストサウナに入っているような中での稽古は、なんともハードであった。 



 それにしても、やはり手裏剣術の稽古は楽しいし、これが翠月庵の原点でもある。

 12年目も、柳剛流をはじめとした古流武術と共に、

  生死一重の至近の間合からの、渾身の一打



 を目指して、手裏剣術もしっかりと磨いていこうと、改めて思った次第である。

 (了)