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柳剛流の特徴~山本邦夫教授の論考から(その1)/(柳剛流)

2017年 11月06日 10:45 (月)

 埼玉大学の山本邦夫教授といえば、陸上競技がご専門ながら埼玉県内の古流武術を精力的に調査・研究された第一人者であり、一般向けの書籍では『埼玉武芸帳~江戸から明治へ~』(さきたま出版会)の著者として知られている。

 山本教授は柳剛流に関する著述も多く、私もそれを日ごろから精読させていただいている。そんな資料のひとつに、昭和62(1987)年3月に発行された『浦和市史研究 第2号』(浦和市総務部市史編さん室)掲載の「浦和における柳剛流剣術」という論考がある。

 これは、旧浦和市周辺に伝播した柳剛流について述べているものだが、かなりのスペースを使って柳剛流の起源や特徴といった、いわば流儀概要の解説を行っており非常に参考になるものだ。

 この中で山本教授は、「柳剛流の特徴」と題して流儀の解説しており、これがたいへん分かりやすいので、柳剛流の修行人という立場からこれらの指摘に対して、これから数回にわたり、私なりの祖述をしていきたいと思う。

 なお、この山本教授の論考は今から30年前のものであり、そうとうに限られた情報の中で記されたものである。

 そして何より、おそらく山本教授は柳剛流の実技・実伝をほとんど、あるいはまったく知らないまま、伝書や口承、史料によってのみで本論を記したと考えられる。

 このため、事実誤認や誤った推論、思い込みによる間違いもなども散見されるが、それらについても適宜指摘しておくつもりである。また参考文献等は、本稿の最終回にまとめて記載する。



 さて、山本教授が分類した柳剛流の特徴について考える前に、「浦和における柳剛流剣術」(以下、山本論文)の冒頭にある「柳剛流の起源 (i)流祖について」の中に記されている、たいへん大きな間違いについて、(これは以前、本ブログで指摘済だが)、改めて指摘しておく。

 山本論文では、柳剛流という流儀の名称の起源について解説する一文の中で、

 惣右衛門奇良が、弟子に出した印可の目録には
   「根をしめて 風にまかする 柳見よ
       なびく枝には 雪折れもなし」
 の古歌が必ずといってもよいほど記載されているが、ここからヒントを得て流名としたともいわれているが、(以下略)



 と記している。

 まず現在、流祖・岡田惣右衛門直筆と伝えられる伝書は、宮前華表太が石川良助に伝えた目録と免許の各1巻(石川家文書)しか確認されていない。

 そして、これらの伝書には、「根をしめて~」という古歌は記されていないのである。

 山本教授は、「惣右衛門奇良が弟子に出した印可の目録には、必ずといってもよいほど記載されている」と書いているが、そもそも石川家文書以外の、どこにある流祖直筆の伝書を、いったいいくつ確認したのだろうか?

 また、流祖直筆以外の各師範家の記した伝書類を確認しても、私が知る限り「根をしめて~」という歌が記載されている柳剛流の伝書というものは見たことがない。

 もちろん私が確認している柳剛流の伝書は、厖大な中の一部分にすぎないが・・・・・・。

 思うに、この「根をしめて~云々」という話は、森田栄先生の『日本剣道史 第10号 柳剛流研究 その1』に記されている、森田先生が自らの“想像を語る一文”に引きずられた記述であろうということも、以前、本ブログで指摘した。

 なお、この古歌に関する話と同様に、

 岸辺の柳が強い風で川面を打っているのを見たことから名付けられたとされる(Wikipedia「柳剛流」より)



 というエピソードについても、私はそれを示す伝書や碑文、奉納額などの一次史料を見たことがない。

 柳剛流の流儀名に関するこの2つの話は、かなり広く流布されているようであり、影響が大きいだろうことから、ここに改めてその誤り、あるいは信憑性の低さを指摘しておく次第である。

 なお、角田市長泉寺にある流祖の頌徳碑には、

 柔能制剛是猶柳枝之風向欲撓不撓欲断不断也



 と記されているが、「根をしめて~」の古歌云々、あるいは「柳が川面を打つ」云々といった記述はない。

 他の頌徳碑や奉納額、伝書や添書、手付けなど、現在確認できる史料についても同様であり、「根をしめて~」の古歌と柳剛流の流名の関係を示す史料、あるいは「柳が川面を打つ云々」と記した史料は、私の知る限りは見当たらない。

 柳剛流の流名と、「根をしめて~」の古歌との関係、また「柳が川面を打つ」という記述のある、質の高い一次史料をご存知の方は、ぜひご教授をお願いしたいと思っている。

1711_柳剛流碑
▲現在、全国に3つある流祖の頌徳碑のひとつ、埼玉県幸手市にある慶應元(1865)年に建てられた「柳剛流祖岡田先生之碑」。もちろんこの碑文にも、「根をしめて~云々」といった古歌の記述、あるいは「柳が川面を打つ」といった記述はない



 ということで、次回から本論に入ります。

 (つづく)
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